ジョヴァンニ・ボルディーニ (1842-1931)
ジョヴァンニ・ボルディニ
 『ロベール・ド・モンテスキュー伯爵の肖像』

パリ近代美術館



ダンディズム、ダンディ、「ダンディズム」
しかし、第一次大戦後、ダンディズムはとみに人気を失墜し、個人主義に対立する集団の思想、社会主義の決定的勝利が打ち出される。(中略)一九二一年には、ダンディズムと運命を共にした文壇最後のダンディ、ロベール・ド・モンテスキューが、世間から完全に忘れられたかたちで、世を去る。この前近代的人物は、マルセル・プルーストの作品の中で、小説のモデルとして、シャルリュス男爵なる異名のもとに、かろうじて後世の記憶にとどまる。
 ── 生田耕作『ダンディズム』(中公文庫)

エドマンド・クリスピン『消えた玩具店』(ハヤカワ文庫、ハヤカワポケットミステリ)の中に「<読めない本>選び」という「遊び」が出てくる。文字通り、なかなか読めない本を挙げていくもので、『ユリシーズ』や『黄金の盃』、『トリストラム・シャンディ』(いちおうすべて所有してますが……読めない)などが挙がっている。
でも、<読めない本>といったら、やっぱりプルーストの『失われた時を求めて』にとどめをさすのでは。いちおう僕もちくま文庫のやつを全巻持っているが……読めない。買ったときの勢いで「スワン家の方へ」は読んだが……それ以降は挫折。しばらくたってから個人的な関心から(笑)「ソドムとゴモラ」(これはなかなか良かった♪)は通読したが、その後はやはり……読めない。

しかし、さすがインターネット。リンク先のリンク先で『失われた時を求めて』のストーリーを素晴らしく丁寧に解説してあるサイトがあった。感謝。ここを見ると、まるで自分がプルーストを読んだ気にさせてくれる。
これで心置きなく、今回の作品に取りかかれる。

今回はちょっとアダルト系。ジョヴァンニ・ボルディーニ(ボルディニ)による「ロベール・ド・モンテスキュー(モンテスキウ)伯爵の肖像」。
ロベール・ド・モンテスキュー伯爵は、ユイスマンス『さかしま』のデ・ゼサントや『失われた時を求めて』のシャルリュス男爵のモデルにもなった、ダンディの見本のような人物である。とにかくお洒落。服の着こなしは完璧。まったく洗練されている。

絵を見ているだけで、「わたし」は、ソドムの男たちのオー・デ・コロンとポマード、果実酒の微かな香りが鼻腔に甦り、シャルリュス、サン・ルー、モレルらの甘美でデカダンな世界を、この場で、かつて見知った場所のように──あたかもヴァントゥイユのソナタを聴いたヴェルデュラン家のサロンであるかのごとく──彼らの悦びを、分かち合い、驚きと、ため息を交えながら、残酷な眼差しで垣間見るているような気がしてくるのであった……なーんてね。

それにしても、この手の肖像画って、相変わらず股間から伸びる「杖」が意味深なアクセントになっている。




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