鉄の門
"THE IRON GATE"

アウシュビッツ以後、詩を書くことは野蛮である。
テオドール.W. アドルノ『文化批判と社会』





N ストーリー

「ミルドレット、戻っていらっしゃい! 頭の後ろが裂けているわよ!」ルシールの夢の中で、16年前に死んだミルドレットは微笑んでいた。「血が流れているじゃない、公園が汚れてしまうじゃないの」
ルシールはミルドレット・モローが死んだあと、アンドルー・モローと結婚した。一見幸福そうに見える家庭の中で、ルシールは未だ他人の家にいるような緊張と不安を感じ、先妻ミルドレットの夢を見たり、鏡に映った自分が他人に思えるなどの奇妙な感覚に苛まれていた。そんなある冬の日に、見知らぬ男がモロー家を訪れ、ルシール宛に小箱を置いていった。箱を受け取った彼女は、悲鳴とともに失踪。そして、捜索の末に家族が発見したのは、精神病院で理性を失い錯乱しているルシールだった。


N
トロント近郊で起きた列車の脱線事故。それはモロー家の新しい家族になるかもしれない人物─ポリーの婚約者ジャイルズを家に迎える途中で起こった。戦場のような、アウシュビッツのような「大量の死」。彼らは、家族としてその大惨事を共有する。しかもそのときルシールと家にいたはずのイーディスも、実は何年も前にアンドルーとともに別の列車事故─大量死に遭遇し、何百という死体を目の当たりにしていた。
「鉄の門」は家族の間で「狩」が行われ、家族の中の「狐」を追い詰め、忠実な家族の「犬」が獲物を殺す。列車事故というマクロ的な殺戮が象徴的に(そしてトリックに必要な出来事として)一家を覆い、家族内での処刑の前哨になる。

第一部 狩
「立ちあがって後ろを向くと、鏡に映った自分の姿が目に入った。鏡がそこにあるのを忘れていた。表情を立て直すまでの一瞬、自分が他人に見えた」
R.D.レインはその著書「ひき裂かれた自己」の中で、”にせ─自己”を体系させ、「にせ自己」には、盲従の対象となる人ないし人びとの性格をしだいしだいに身につけていく傾向があり、この他人の性格を身につけていくと他者のほとんど完全な真似に達する述べ、さらにこの真似が戯画に変わり始めると、真似への憎悪が明らかになると指摘した。このレインの著書は「狙った獣」より後に発表されているが、「顔が醜いので<自己を意識する>女性」の症例は、患者が鏡を見るシーンにおいて、「鉄の門」さらには「狙った獣」の重要なサブテキストとして非常に興味深く読める。
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夢、鏡、肖像画。ルシールにとってミルドレットは片時とも忘れられない亡霊だった。「良心が引き戻そうとするにもかかわらず、ミルドレットの姿が心から漂い出てゆく。血が泡だって、長い長いピンクの美しい紗となり、長い歳月の彼方へミルドレットを引きずっていった」

第二部 狐
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「花、そう。彼女は花に見られるのが嫌だった。あのバラの花はひしゃげた陰険な小さな顔を持っている。目だって無論ちゃんとあるのだ。バラバラにすれば、目のありかがわかる。
「まあ、モローさん、こんなきれいな花をちぎったりするものじゃないわ」
スコット嬢は花を動かし、バラの蕾とボサボサ頭の菊の子供を取り分けていた。彼女何かしゃべっている。”私たち、自分の可愛い子供をちぎったりするものじゃないわ”って言っているのかしら。彼女って、時々本当に馬鹿げたことを言う。まるで子供をちぎる人間がいるみたいじゃないの。」


精神病院でのルシールの妄想はとどまるところを知らず、「同行者」ミラーは、それを忠実に記述し、ルシールの夢のエピソードを戦慄のオブジェとして、読者に付きつける。それはシュルレアリストのエクリチュール・オートマティック(自動記述)という手法で、まさに現実の奥深くに隠された「超現実」を暴きだす。
”いとしい想像力よ、私がおまえのなかで何よりも愛しているのは、おまえが容赦ないということなのだ”(ブルトン「シュルレアリスム宣言」)
ブルトン風に言えば、マーガレット・ミラーはシュルレアリストである。(あるいは、ミラー夫妻は夫婦生活においてシュルレアリストである)

「突然家はきのこみたいにニョキニョキ現れた大家族に似て、親しみに溢れ、さまさまな形を取り出した。彼女が背中みたいに弓なりに曲がった階段を登っていくと、壁は淫らな期待をこめて彼女をつつき、踏み段は子供たちの意地悪なおしゃべりのような音をたててきしんだ。踊り場のカーテンが外側にふくらむと、指のように分かれ、彼女の尻をつねり、ももを撫でさすった。彼女は胸からナイフを取り出し、その指を切り払った。切られた指は下に落ちて彼女の足元で赤ん坊のように踊り出した。」

ルシールは「家族に殺される」妄想を抱き、「家族」から逃れるために病院へきたのだ。しかし「犬」はルシールを見つけ、ルーム・メイトのコーラ・グリーンが「ルシールの葡萄」を食べた後、死んでしまう。ルシールは衰弱し、ついに発狂する。

第三部 犬

事件の解決を明かす章なので、あまり詳しくは書けないが、第二部で、ホラーやファンタジーのように過剰な言葉で描かれた非現実な世界が、論理と現実性を取り戻す。その真実は衝撃的なものであり、ミステリーとして最上級の「パズル」である。
印象的なのはルシールが死んだ後、モロー家は文字通り(家政婦もふくめて)バラバラになる。まるで家族全員が命令する「主人」をなくした「犬」であるかのように。





イメージ ルネ・マグリット『レイプ』
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