BEYOND THIS POINT ARE MONSTERS
BOOK REVIEW



残酷な夜
Savage Night

ジム・トンプスン / Jim Thompson
三川基好訳、扶桑社




おれの目の前にはトンプスン『内なる殺人者』が置いてある。『残酷な夜』を読んだ後、どうにもじっとしてられなくて、つい殺気(おっと変換ミスだ)近くの本屋で手に入れたものだ。
『残酷な夜』には参った。こんなに衝撃を受けたのはひさしぶりだ。最後の一行”そいつはいいにおいがした”でぶっとんだ後、しばらくは放心状態だった。

この状態を打破するために、おれは音楽を聴いた。同じくぶっとんだヤツが聴きたかった。選んだのはカール・オルフ『カルミナ・ブラーナ』だ。でかい音で聴いたぜ。それで少し落ち着いたようだ。そして考えた。
レンデル、ハイスミスをかなり読み漁ったおれには、この手の犯罪小説には、すこしは免疫がついているはずだった。
しかし、このジム・トンプスンの本にはガツンときた。この作家ヤバすぎる。中毒になる。こいつは、おれのお気に入り、マーガレット・ミラー、ロス・マク、前述のレンデル、ハイスミスと並んで、おれの性格に悪影響を与えるに違いない。

なんつったって、この主人公カール・ビゲロウだ。こいつは人妻を誑し込み、身体障害者の女とヤッちまう。こんなヤツだから冷酷で感情がないのかと思えば、おれたちと同じだ。不安や恐れだけでなく、愛情ももっている。大胆かと思えば、小心でもある。こういう奴だから余計タチが悪い。
しかもこの小説は一人称で書かれてあって、まるで友人に語るように、主人公カールはおれに話しかけてくる。こいつはおれのことを知ってるのか?
おれは混同する。もしかして、こいつはおれなのか?

この本の解説もかなり役にたった。このヤバイ作家について概観できる。この作家も昔はパトリシア・ハイスミス同様、本国アメリカよりもフランスで”正当に”そして”熱狂的に”受け入れられたそうだ。フランスはノワール(暗黒)を愛するのか? 

そこでおれは気がついた。この『残酷な夜』の原題は "SAVAGE NIGHT" 。おれは "SAVAGE NIGHT" という英題のフランス映画を知っている。
シリル・コラール監督、主演『野性の夜に』(LES NUITS FAUVES)がそれだ。なんといってもテーマに近いものを感じる。それは死だ。カール・ビゲロウが”元締め”という「死神」から逃れられないのと同様、コラールも”エイズ”という「死神」から逃げられない。
しかもビゲロウが人妻と身障者ルースを相手に三角関係を持つのと同様、コラールも同時に男と、そして女(コラールはゲイだぜ!)と関係を持つ。ゲイにとって女は○○○だろう? さらに小説『野性の夜に』は一人称で書かれている。そして最も注目すべきはこの小説のラストだ。それは、こう書かれている。

”あるにおいがしだいに濃密に立ちこめるのをぼくは嗅ぎとった。強風も消すことのできない尿のにおい。それは野性の夜のにおいだった”

トンプスンの『残酷な夜』を読んだ奴なら、このラスト、「におい」で終わるラストにピンっとくるだろう。
コラールはトンプスンに影響を受けたに違いない。コラールも死に獲りつかれていたからな。  




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