マネの肖像

吉田秀和 著/白水社



印象派に分類される画家の中で、マネはセザンヌとともに例外的に気に入っている。好きな作品をいくつか挙げると『皇帝マクシミリアンの処刑』、『すみれの花束をもつペルト・モリゾ』、『猫のあいびき』、『エミール・ゾラの肖像』、『フォリー=ベルジェールのバー』、『テオドール・デュレの肖像』あたり。

代表作『オランピア』と『草上の食事』を挙げないのは、女の裸に興味がない……というよりも、その作為とシニシズムが多少鼻につくからだ。

この吉田秀和のエッセイも、まず、その『オランピア』と『草上の食事』の「優雅で苛酷な作為」から話を進めていく。マネの狙い、その問題提起を著者独特の文体で──柔和で、曲線を描くような、そして音楽用語を散りばめた──優しい文体で描いていく。

そう、何よりもその文体。はっきり言えば、ここに書かれている『オランピア』と『草上の食事』をめぐる騒動は、今更の感がある。たいていの画集なりパンフレットなりに、これらの絵がもつ「作為」は十分に記され、既知の情報として流通している。が、しかし、吉田秀和の滑らかなリズムを持つ文章は、それら既知の情報をなんて新鮮に、上手い具合に料理するのだろう。まさにその文章には味がある。例えばこんな文章。
 あの──何といったかしら? 昼ひなか、普通の市民生活が展開されている通りを、突然、どこかでまっ裸になった人間が走りぬけてゆくこと──、あれは、今でも、ある種の人びとのひんしゅくを買ったり、巡査とのおいかけごっこのきっかけになる。それを思えば、当時の人びとがこの絵から受けたショックがほぼ追体験できるというものだろう。

p.25
いいなあ、この文章。どこか微笑ましくて。愛くるしさ──そこまで言ってしまおう──まで感じる。

もちろんこの微笑ましさを感じさせる文章は、著者の絵画に対する深い洞察からくるものである。刺激的な絵に対する、知的な反応。つまり大人の反応。そしてこの「穏やかなテンション」を常に持続させながら、著者は、刺激的な論証を続けていく。

特に『色のコンポジション』という章で議論される「黒」に関する考察は非常に印象的であった(僕個人も「黒」を描く画家に魅了される。例えばサージェントもそうだ。蛇足ながらこの「黒」は「闇」ではない。僕はレンブラントはそれほど好みではない)。
それに黒はまったく光の通過の閉ざされた色であるから、例の印象派のタッチの技法を応用する余地のない色の領域である。

p.80
引き合いに出されたペルト・モリゾのいくつかの肖像をめぐるストーリーも非常に魅力的であった。ペルト・モリゾはエヴァ・ゴンザレス──こちらは「白」で描かれる──とともにマネが弟子にとった女性である。この二人しかマネは弟子にしなかった。
……ペルトは当時何かのことで非常に悩んでいたらしく、姉妹にあてた手紙で、「私は悲しい。どんな人もこれ以上悲しかったことはないくらい悲しい。ダーウィンを読んでいます。これは女の読むものじゃないし、まして(私みたいな)若い娘の手にする本じゃないけれど、私の状態はあらゆる点で辛抱しきれないくらいのものだということが一段とはっきりみえてくるの」と書いている。

p.83
マネの「黒のポエジー」のエレガンス。残酷なくらいの冷静さと自分に対する強烈な自身とがなければ、マネはこの優雅さを最後まで持ちきれなかっただろう。それくらい、この絵に限っては、例外的なパッションの存在が感じられる。

p.83
なんとなくこの文章を読んで思い出したのはヘンリー・ジェイムズの小説『鳩の翼』である。ペンギンのペーパーバック版では『すみれの花束をもつペルト・モリゾ』がカヴァーになっていたこともあるが、この絵に描かれているペルト・モリゾは、ジェイムズの小説のヒロイン、ミリー・シールと不思議に合う。まるで小説の登場人物のように生き生きとその姿形が、その生き様が滲み出てくる。

それは吉田秀和の筆致が、次第に、物語を語るように、マネの作品からマネの人物像へとシフトしていってるからかもしれない。
いつの間にか「マネの肖像」は完成している。



この時代に想う テロへの眼差し
In Our Time, In This Moment

スーザン・ソンタグ 著/Susan Sontag
木幡和枝 訳/NTT出版



サイード、チョムスキーらの著書とともに、9.11、つまり2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件について、アメリカの「非」を告発した「話題」の本。サイードのレビューが載ったインターネット・マガジンによると、サイード、チョムスキー、ソンタグら三人は現在、アメリカでは「非国民」扱いだということだ。

もちろんこの本を良く読むと、彼女は単純な「否」を述べているわけではない。なんでもかんでも「否」と唱えるずうずうしくもナイーブな感性を持ち合わせているわけではないことは、これまでのソンタグの著作や言動に触れている人たちにとってはわかりきっていることであろう。
僕はスーザン・ソンタグの「ファン」として、この本で展開された彼女のアジテートな言説に多大な感銘を受けた、と、まず表明したい。

ただし、このテロの議論において、もしかするとソンタグは多少の役不足を感じているのではないか、そんな気がしないでもない。それはブッシュ大統領を始め「アメリカ」が言語的に混迷しているのは、日本の「ニュース・ショウ」のキャスターに揶揄されるまでもなく、またそのことが、机上の議論において好戦的な「反戦家」たちの格好のレトリックの素材程度にしかならないことを、なんとなく感じているからだ。
だからもっと激烈なアメリカ批判を期待していた──かつてのヴェトナム戦争批判のように。そういった「期待」からすると、ある意味肩透かしを食らうかもしれない。彼女は本質的に正しく、ごくまっとうな意見を述べているだけなのだから。考慮すべきは、ソンタグはアメリカ人でアメリカに住んでいるということだろう。

9.11に関してこの本は、実は全体の4分の1程度しかページを割いていない。他は1993年のサラエヴォ滞在、大江健三郎との往復書簡、アムネスティの講演、エルサレム賞のスピーチが収録されている。僕はどちらかといえばこちらのテクストのほうが、興味深く読めた。特に『エルサレム賞スピーチ』は、スピーチされた時と場所を考えれば、かなり「老獪な」テクストではないだろうか。
そう、老獪。そんなこれまでのソンタグのイメージらしからぬ言葉が思い浮かぶ。

例えば『サラエヴォでゴドーを待ちながら』における、戦闘中のサラエヴォでベケット劇の公演を企てるという一歩間違えば「知識人」の泡沫にすぎなくなること。しかしソンタグは十全の説得力で持って、その不条理な企てを貫徹した。こういった「一見」向こう見ずとも取れるヒロイックな行動は、十分なアピール性を持っていることを知っての確信的な行いだろうか。彼女はとても「老獪」になっている。

(……
このサラエヴォでの『ゴドーを待ちながら』上演という彼女の「企て」は実際、かなりのセンセーショナルを巻き起こし、ある種のモニュメントとしてヨーロッパ人の記憶に残ったようだ。
浅田彰の『ゴダール/モーツァルト』(キネマ旬報2002年5月上旬号)によると、フィリップ・ソレルスが『マリヴォー戯曲全集』の書評として「アメリカの女性作家はサラエヴォで『ゴドーを待ちならが』を上演するのがいいと考えたが、サラエヴォで上演するべきは(マリヴォーの)『愛の勝利』なのだ」(浅田彰『ゴダール/モーツァルト』「戦争/演劇」より)と『ル・モンド』に書いたそうだ。しかも、その「書評」がそのままゴダールの映画『フォー・エヴァー・モーツァルト』に登場する
ソンタグには卓越したゴダール論(『ラディカルな意思のスタイル』晶文社)があり、映画-ゴダールと演劇-ソンタグとの「関係」を読む(観る)のも面白いと思う。
……)

そのため、彼女に振りまわされ、オロオロするのは従来の「知識人」のイメージにぴったりのナイープな知識人、大江健三郎かもしれない。『未来に向けて──往復書簡』では、ソンタグがNATOによるコソヴォ空爆を「支持」したことに対し、大江は「それはわたしたちの<誤読>なのか」とナイーブな質問を投げかける。ソンタグの答えは一言「<誤読>ではない」ということであった。

このことは、例えば現在話題になっている笠井潔と東浩紀の『哲学往復書簡2002』No6において笠井が述べている、ユーゴ内戦において左翼的と見なされていた「知識人」の分裂、「左翼=反戦派という旧来の等式は、この時点ですでに崩壊していた」そのものであろう。
http://shinsho.shueisha.co.jp/shokan/6/index.html

大江健三郎も理想的で良いことを言っているんだけど、ちょっと甘いかな、と感じてしまう。ただこの往復書簡で、ソンタグと大江がある共通の「単語」を使用し、彼らそれぞれが内在している違和感について展開される考察は、非常に示唆に富んでおり、興味深く読めた。その単語とは「キッチュさ」。大江は、まあ予想通り「日の丸」に「キッチュさ」を感じ論を進めていく。僕は大江の議論自体にはそれほどピンとこないのだが、この「キッチュさ」を用いた議論にはいろいろと感じるものがあった。

それは「やおい」がまさにその嫌らしい「キッチュさ」を孕んでいるからだ。大江はいわゆる「識者」がアジアの近代についてリアルな「認識」を持っていないことを非常に嘆いている。しかもそういった「識者」が教育家めいたご託宣をたれていることも。
このことは、フェミニストを自認する人物が法外な同性愛差別を「認識」せずに「やおい」について平然と言及することと同じではないか、と感じる。しかもそういった「フェミニスト」が教育家めいたご託宣=テクスチュアル・ハラスメントをたれていることも。

かつて「バカチョン」という言葉があった。これは「バカでもチョンでも写せるカメラ」という侮蔑的な言いまわしから来たものだろう。よくこんな「造語」を考えたもんだと思う。多分「バカチョン」という言葉を考えた人は、自分では上手いと得意になっていたのだろう。
「やおい」はまさに「バカチョン」という「造語」と「同等」であろう。「やおい」は「やまなし、おちなし、意味なし」「やめて、お尻が痛い」というネガティブで侮蔑的な意を「凝縮」した言葉である。差別的思考を持った人物(たち)が得意になって使用し広めた。

しかも「やおい」関係者は多くの場合「ホモ」という蔑称を好んで使う。それは「やおい」と「ホモ」という言葉が、その侮蔑的な比重に置いて「同等」だからだろう。蔑称を「わざと」使うことによって、それほど、他者に対し「優越」したいのだろうか。それとも、「やおい」や「ホモ」という蔑称をまるで合言葉のように使って、なにかしらグループとしての一体感のようなものを得ようとでも思っているのだろうか。
間違っていると知っていても、間違っていることをやってのける、人間のその能力にも私は驚いています。

『未来に向けて──往復書簡』p.120
僕はこの往復書簡のキモは、このソンタグの述べている人間に対するシビアな「認識」だと思う。この認識によってソンタグの言動に変化が現われたのかもしれない──老獪で現実的な。NATOの爆撃を支持したり、『戦争と写真』ではかつて発表した『写真論』の書き換えがある。そこには「間違っていることをやってのける人間の能力」を認めた知識人の憂慮が感じられてならない。



真理とディスクール
パレーシア講義
FEARLESS SPEECH

ミシェル・フーコー 著/Michel Foucault
中山元 訳/筑摩書房



カリフォルニア大学バークレー校で行われたフーコー晩年の講義録。題材は「パレーシア」について。講義という形式であるため、非常にわかりやすく、彼の肉声がダイレクトに伝わってくる。
難解なイメージがあるフーコーであるが、こういった講義形式の書籍から入ると「挫折」しないで済むかもしれない。もちろん講義内容も素晴らしく、様々な示唆に富んでおり、この知の巨人の計り知れない深さに触れることができる。

テーマである「パレーシア」とは、真理を「率直に話すこと」「すべてを語ること」を意味しているが、重要なのは、パレーシアを行使する「主体」(パレーシアステース)の態度であるということだ。真理とは何かではなく、誰が真理を語るのか、つまり真理を語る者の立場、そこに横たわる権力関係がキーとなる。

フーコーはここで、パレーシアを行使するパレーシアステースに必要なものとして「勇気」を挙げる。それはパレーシアを行使する人は、決して権力者ではないからだ。権力(例えば王、例えばマジョリティ)が語る(独占する)「真理とみなされるもの」は、パレーシアとは言わない。パレーシアを行使するとき、その人はときに死を覚悟しなくてはならないからだ。
パレーシアステースの真摯さを「証明する」ものは、その勇気です。ギリシアでは、ポリスの大多数の人々の考えと違うことを語るのは、危険なことでした。そしてこの危険なことを引き受ける勇気があるということは、その人がパレーシアステースであることをはっきりと示すものだったのです。

p.15
そしてこのパレーシアの概念を分析するため、フーコーは、古代ギリシア・ローマの様々なテクスト──エウリピデスの悲劇、ソクラテス(プラトン)、エピクロス派、キュニコス派(このエピソードは面白い!)、プルタルコス、ガレノス、セネカ等──を引用し、パレーシアの本質を問う。
もちろんこれは単なる「思想史」ではなく、フーコーが長年携わっていた「思考の歴史」の一貫であり、狂気、犯罪、セクシュアリティと同様、「真理を語ること」(パレーシア)の「問題系」の考察になっている。
ギリシアの古典的なパレーシアの考え方は、だれかが他の人に真理を語るだけの勇気をもっているかに基づいています。しかしこの時代に、この伝統的なパレーシアのゲームから、別のゲームへの移行が起こりました。いまや真理のゲームは、自己についての真理を開示する勇気をもてるかどうかということになります。

p.212
フーコーがこの本で述べている「この時代」とはもちろんローマ時代のことだ。しかし読者が「いま、ここで」目にしている「この時代」であっても、まったく通用するだろう。フーコーの語りかけには、それほど重みがある。

それは「権力」を有する人たちが、未だに──より巧妙な形で、「真理を隠している」からだ。

あるライターは、ロシアの作家の同性愛問題を、「やおい」という言葉に「置き換え」、嘲るような論調に「置き換えて」しまった。「同性愛」を「やおい」という「やまなし、落ちなし、意味なし」というネガティブで、「やめて、お尻が痛い」というような愚弄した言葉に「変換」することは、どれほど真理を覆い隠していることがわからないのだろうか。それこそ「テクスチュアル・ハラスメント」ではないのか。

しかもそのライターは、日本は「やおい大国」だから日本に亡命したらどうか、ということを嘲るように書いている。これはまったく「真理」ではない。なぜならば、「やおい大国」ということは、同時に、「同性愛侮蔑大国」であることと表裏をなしているからだ。現に、ヨーロッパ主要国やアルゼンチンで認められいる同性結婚・同性パートナー制度は、日本にはまったくない。それどころか日本では、「やおい」関係者がゲイを侮蔑する言説を撒き散らしている。

ある「やおい」関係者は、人権上問題となり回収された本を──回収されたことを十分承知していながら──その文章をWebサイトに転載し、ふざけたコメントを載せ同性愛者を愚弄している。卑劣な差別行為に他ならない。

卑劣なのは、これだけではない。フーコーがエイズで死んだのは周知であるが、その差別的な文章には、エイズ感染のことが書いてある──そこが特に問題になったはずだ。しかしその「やおい」関係者は、エイズ感染についての部分は引用していない──リンクを張り、該当部分が読めるようにしているのだ。どうしてそこまで卑劣で「巧妙な」人権蹂躙行為ができるのだろう。

ギリシアの女優メリナ・メルクーリは、ギリシアの軍事政権に対し「勇敢に」異を唱え、そのため国籍を剥奪され、命の危険にされされた。
彼女はそのとき、「ファシストはファシストとして生き、ファシストとして死ぬでしょう。私はギリシア人として生まれ、ギリシア人として死にます」と発言した。これこそ「パレーシア」の行使ではないだろうか。

だったら、こういった「パレーシア」も有効であろう。「(「やおい」関係者のような)差別主義者は差別主義者として生き、差別主義者として死ぬだろう」と。



ルネサンスとは何であったのか
塩野七生ルネサンス著作集1

塩野七生 著/新潮社



開口一番、著者はルネサンスとは一体何であったのか述べている。それは「見たい、知りたい、わかりたいという欲望の爆発が、後世の人々によってルネサンスと名づけられることになる、精神運動の本質」である、と。

明快過ぎるほど明快な答え。ゆえに非常に説得力がある。これには痺れるほどの感銘を受けた。やはりどうあっても、宗教が絶対的な権力を行使し、人間の自由な精神活動にいちゃもんをつける時代は、暗黒時代としか言いようがない──そう、改めて確信した(この本に書いてあったのだが、教会が私文書偽造とも言うべき『コンスタンティヌスの寄進状』を盾に、人々を「従順な羊」として束縛していたことなんて、まったくアタマにきた)。
それに私は、哲学とはギリシア哲学につきるのであって、それ以降の哲学は、キリスト教を哲学の一体化という、所詮は無為に終わるしかない労力のくり返しではなかったか、と思っています。無用の労のくり返しと言うのでは過激すぎるなら、ギリシア哲学の打ち上げた命題に、時代ごとの答えを与えようとした労力、と言い換えてもよい。なぜなら、宗教とは信ずることであり、哲学は疑うことです。(中略)哲学とはギリシア哲学につきると言ったのは、ギリシア時代は多神教の世界だったので、神聖にして不可侵としなければ成り立たない、一神教の規制を受けないですんだからですよ。

p.95
この本は著者が「なぜルネサンスに関心をもったのか」ということが、対話形式で綴られている。多くのルネサンス概説書、美術解説書の類とは一線を引く、異色のルネサンス関連書と言えるだろう。何より「ルネサンス人」として聖フランチェスコと神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ二世が加わっているのが面白い。しかしこの本を最後まで読み、著者の言うルネサンスの本質というものを掴むことができれば、当然の帰結だと多いに納得できるはずだ。

さらにこの本が異色なのは、読みながら、最高に心を動かされ、鼓舞されたことだ。人間の営為というものが、これほどまでに素晴らしく感動を呼ぶものであるということを、まったく思い知らされる。教会支配に「否」を唱えた人々の熱い思いがひしひしと伝わってくる。

彼女は人間の営為というものを完全に肯定し、創意工夫と進取りの気風、そして何よりも自由な精神活動を称揚する。その自由な精神の下に生まれたものが数々のルネサンス芸術作品なのだ。
なんとなく塩野七生がビジネスマンに人気のあることがわかる。この本にはルネサンスのエッセンス(本質)が詰まっている。そしてそれこそがビジネスのエッセンスと表裏を成しているのだ。ビジネスもルネサンスの芸術も、人間の営為に変わりはない。

著者は最後に述べる。ルネサンスこそが西欧の一大イヴェントであり、日本人にとっても「関係のある」ことなのだ、と。