DISC REVIEW

武満徹 (1930-1996) / 自選映画音楽集
「利休」、「切腹」、「化石」、「愛の亡霊」、「他人の顔」、「どですかでん」他

The Film Music of TORU TAKEMITSU
ジョン・アダムス指揮、ロンドン・シンフォニエッタ他
NONESUCH

前衛すぎる映画音楽
美しすぎる映画音楽


残念ながら、この音楽が使用された映画はどれも見ていないのだが、個人的に最も魅かれたのは、三つの映画音楽。1995年にスイスで開かれた映画音楽祭のために過去の映画音楽を弦楽オーケストラに編曲したものである。
”訓練と休息の音楽(ホゼ・トーレス)”、”葬送の音楽(黒い雨)”、”ワルツ(他人の顔)”。とくにワルツの優雅で哀愁を帯びた音楽には参ってしまった。タケミツってこんなにメロディックな音楽を書く人だったのかと。
このワルツは一度聴いたら、もう忘れられない。非常にノスタルジックな魅力を持つ。ショパンの嬰ハ短調のワルツが好きな人だったらぜひ聴いて欲しい。騙されたと思って。

以前NHKで放送された武満徹追悼番組を思い出す。あのジャーナリストの嗚咽を洩らす姿は今でも鮮明に覚えている。その時の音楽は確かバッハの「マタイ受難曲」だった。
もしこのワルツが流れていたら僕も同じように悲しくなったと思う。
この曲もまた過去を回想させ、目頭を熱くさせる「ロマンティック」な音楽だ。


スクリャービン (1872-1915) / エチュード全曲
ALEXANDER SCRIABIN / The Complete Etudes

PIERS LANE(piano)
HYPERION

エロティックなジャケットに僕は魅了された。
Carlos Schwabe"Depression and Ideal"という作品だ。


アシュケナージがこの曲を録音してくれなかったことを、つくづく残念に思う。ピアノ協奏曲やソナタ全曲で見せた確かな技巧と鋭敏で多彩な表現力、抒情的な感触の豊かさ等、このバラエティに富む作品集を弾くのに、彼ほどの適任はいないと思う(思った)。

スクリャービンのピアノ曲は、ソナタ以外はまとまった形での録音に恵まれなかった。ホロヴィッツやソフロニフスキーの名演が単発で残っているぐらいだ。最近になってようやく NAXOS や ASV からマズルカやプレリュードの全曲録音が出てきた。

NAXOS のアレクサンダー・パレイの弾くエチュードは思いのほか良かった。どちらかと言うとテンポが遅く、表現は抒情的な面に重きを置いているようだ。特に Op.8 のホ長調の明るく愉しげな音楽や Op.12 の僕の最も好きなエチュード嬰ハ短調の情熱的な演奏はとても気に入っている。

NAXOS 盤に比べると、 PIERS LANE の弾くこの HYPERION 盤は、ちょっと素っ気ない感じがする。テクニック的に問題があるわけではないだろう。この人、モシュコフスキーやパデレフスキーのハデな協奏曲を無難に弾きこなしている。
しかしどうしてもこのスクリャービン、表現がちょっと雑に聞こえてしまう。物足りない。食い足りない。ありていに言えば SEXY でないのだ。
とても・・・残念に思う。せっかく CD のジャケットに、素晴らしくエロティックで耽美的なイラストを採用しているのに・・・。

そう。僕はこのイラストがとても気に入った。スクリャービンって『法悦の詩』や『神聖な詩』、『黒ミサ・ソナタ』などぶっ飛んだ曲が多いので、 CD のジャケットにしても、凝ったデザインが用意されていることが多い。アシュケナージの一連の管弦楽シリーズなんかもそうだろう。

その中でもこの絵、Carlos Schwabe"Depression and Ideal"。なんて印象的イラストだろう。これこそポエム・オブ・エクスタシー The Poem of Ecstasy だ。
モチーフはやはり”宿命の女”だろうか。構図はギュスターブ・モローの「オイディプズ」に似てなくもない。しかしこちらの方がはるかにエロティックで直接的だ。

翼を持つ青年は、海草のような長い髪を持つ女に捕らわれてしまっている。女の顔は(微妙にずらしてあるが)男の股間を捉えている。男はそのために明らかにエクスタシーを感じている。つまり男は「快楽」と引き換えに「自由」を奪われてしまったのだ。


INDEX
TOP PAGE