エルネスト・パングー ”預言者”、”シャントウクレ”、”消えた灯”、”呪物”、”空間の歌”
ERNEST PINGOUD (1887-1942) / Prophet, Chantecler, Extinguished Torches, Fetish, Song of Space
Finish Radio Symphony Orckestra
Sakari Oramo 指揮
ONDINE
鉄道自殺をした鉄道マニアの作曲家
何年か前、レコード芸術の海外試聴コーナで紹介され、ずっと気になっていたエルネスト・パングーの管弦楽作品集。スクリャービンとリヒャルト・シュトラウスのような作風という触れこみだった。
聴いてみて納得。まさしく『法悦の詩』、『ティルオイレンシュピーゲル』、『ツァラトゥストラ』なんかを即座に連想させる、エクスタシー(エロス&タナトス)とめくるめく自己陶酔の世界。そのミステリアスな響き、魔力的な色彩を放つゴージャスなオーケストラレーションはシマノフスキにも通じるかもしれない(もちろん華奢なシマノフスキよりと比べるとずっと野太い感じがするが、パングーもシマノフスキも民族的な要素をあまり感じさせない。二人ともまったくコスモポリタンな作風だ)。
とくに強調しておきたいのはスクリャービンに勝るとも劣らぬ「逝っちゃっている世界」。誇大妄想、神秘主義、エロティシズム、享楽、退廃耽美……。世紀末文学を形容する言葉をありったけ並べてみたくなる。
しかし、どこか無垢で、元気の良いから騒ぎのようなものも感じさせる。自らが構築した虚構の世界に歓喜し、酔いしれ、めいいっぱい開放感に浸っている子供のような。
”預言者”はめまぐるしく楽想が変わり、終わり方(コーダ)もまるでふてくされた子供の悪あがきのように尋常でないが、リヒャルト・シュトラウス並に分かりやすい。”呪物”(フェティッシュ)も「陽気なヘンタイ」って感じでなかなか愉しい曲だ。”空間の歌”は一番長大な音楽だが、スクリャービンの『プロメテウス』に匹敵する最大級の陶酔感を味わえる。
フィンランドの作曲家(とされる)パングーは、ロシア人とフィンランド人の両親の下でペテルスブルクに生まれる。ロシアとドイツで学び、リムスキー・コスサコフやグラズノフ、マックス・レーガー等に師事する。彼のインターナショナル/コスモポリタンな作風はこういうところから生まれたのだろう。
その作品は一時ベルリンフィルで取り上げられ、また、ストコフスキー/フィラデルフィアによって演奏されたこともあるそうだ(こういったストコフスキーの見識の高さはもっと評価されてよいだろう)。
しかしパングーのモダンな作品は、フィンランドでは受け入れられないばかりか、ごうごうたる非難と敵意すら投げつけられた。彼の構築したイノセントな世界は踏みにじられ罵倒された。意気消沈したパングーはアルコールとドラッグに手を出し始め、それに溺れ、そして自殺する──アンナ・カレーニナにように列車に身を投げて。CDの解説には、彼が熱狂的な鉄道マニアであった不気味な符号に触れている。それは彼の最後の「悪あがき」だったのかもしれない。
後で気がついたが、このCDで指揮をしているサカリ・オラモ(1965年生まれ、若い!)は、サイモン・ラトルの後任としてバーミンガム市交響楽団の主席指揮者に就任したようだ。今後の活躍に期待したい。