DISC REVIEW

ミトロプーロス
ピアノソナタ(ギリシア・ソナタ)

DIMITRI MITROPOULOS (1896-1960) / PIANO SONATA (A GREEK SONATA, 1920)
JULIUS REUBKE (1834-1858) / GRAND SONATA FOR PIANO IN B MINOR

ジェフリー・ダグラス・マッジ GEOFFREY DOUGLAS MADGE(ピアノ)

仏 DANTE (PSG9010)


巨大で奇怪なソナタ。魑魅魍魎が跋扈するフィナーレは聴きもの(憑きもの)。

指揮者として有名なミトロプーロスだが、作曲家としても興味深い作品をいくつか残している。少し前に買ったスカラコッタスのピアノ協奏曲(BIS、ピアノはやはりマッジ)の解説にも書いてあったが、ミトロプーロスとスカラコッタスは、伝統的な音律を捨て、12音技法を取り入れた最初のギりシアの作曲家である、ということだ。
両者ともギリシアの「フォークロア」を時折引用しているが、音楽は基本的に「インター・ナショナル」で、知的にプログラムされたものである。しかし、クセナキスほど実験的な音楽ではなく、まだまだロマンティックな情緒を十分残し、身体と感性にほどよくフィットする。

このミトロプーロスのソナタは、時間にして、40分を越す大曲だが、モチーフが意外なほどクリアーで、形式もしっかりしているので、見通しが良く、全体を捉えやすい。
またメリハリのある曲調と、ピアノのヴィルティオジティが、十分な演奏効果とカタルシスを確実に与えてくれる。

第一楽章は、主要主題がカデンツァ風の派手さを持って、声高に、そして強烈に立ち現れる。このショッキングなイントロは非常に効果的で、主題を強固に印象付けるとともに、聴くものを、たちどころに、ミトロプーロスの独特の音楽世界に引きずり込む。
この主題さえ覚えておけば、あとは、とめどもない音の洪水と豊富な楽想に埋没し、息苦しさを感じながらも、その苦しみに陶酔するような、マゾヒスティックな快楽に身をゆだねるだけだ。
音楽はスクリャービンの後期ソナタを思わせる儀式めいた雰囲気を漂わせる。

第二楽章はフォークロア的な素朴さを持ったモチーフが執拗に繰り返される。もちろんフォークロア的な荒涼とした雰囲気も持ち合わせている。
第三楽章は、第二楽章同様アレグレットだが、ずっともの静かで神秘的な音楽だ。

そしてフィナーレ。第一楽章の主題が短く流れた後、トッカータ風の華麗で目の覚めるような技巧が誇示される。リズミカルでスピーディ、無窮動な音楽、まるで高速道路をクルマでかっ飛ばすような爽快感すら感じる。このまま、プロコフィエフの7番フィナーレのように、一気呵成に終わるのか、と思いきや、しかし・・・
急ブレーキ。う、猫でも轢いたか?
音楽は急激にテンポを落とし、思いもよらぬ展開を見る。曲は、妖しく淫靡 "macabre" な旋律、単純で原始的なリズムを持った不気味な楽想に乗っ取られるのだ。
なんなんだ、このいかがわしさは!まるでワルプスギルの夜、魔女たちの饗宴だ。
この奇怪な音形が対位法的な処理をされ、変幻自在に展開されていく。そこには描写音楽でないにもかかわらず、魑魅魍魎が鍵盤上を跳梁跋扈している様子をイメージできる。
そして基地外踊り(江戸川乱歩)の後、音楽は終結に向かって、憑き物を振り払うように、狂ったように加速度を増す。実にスリリングでサスペンスフルなエンディングである。
目(耳)が離せない音楽というのは、こういうものを言うのだろう。


このCDには、ロイプケのソナタもカップリングされている。リストの弟子ということもあり、師のロ短調ソナタを十分に意識した意欲作である。
それほど聴きこんではいないが、ロマンティックな情緒は濃厚で、魅力的な楽想に溢れている。ただ、どうしても長すぎる感じがしないでもない。

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