DISC REVIEW
Barbara Heller (b 1936)
Scharlachote Buchstaben[Scarlet Letters]





Deborah Richard, Piano
Recording:1995,1996
wergo





それほど持っているわけではないが wergo のCDのほとんどは、直感とその日の気分(持ち合わせ)とジャケットで買っている。そんなわけで途中まで聴いて「だめだこりゃ」ってすぐ投げ出すものもあれば、「ふうん・・・」と一度聴いて、それっきりのもある。
まあ、現代音楽にしてもブーレーズやシュトックハウゼンあたりの有名人なら、(たとえ話のタネにでも)聴いてみて損はないと思うし、実際それなりに聴ける(楽しめる)曲が多いのだが、しかしそれ以外の全く未知の現代(前衛)作曲家の場合は、やはり混淆玉石で、買わなければよかったな、と思うもの少なくない。

しかしこの Barbara Heller のように、名前すらも聞いたこともない作曲家であるにもかかわらず、曲を少し聴いただけで「おっ」と身を乗り出すものも、時にはある。
こういうときはとても嬉しい。これまで散財した分も取り戻せたような気分なる。要は、気になったら、手に取る、そして買う(手に入れる)。本とCDに関しては躊躇しないことが大切だ。



Barbara Heller は、解説によると、ピアニストとして訓練を受け、作品のほとんどはピアノ曲であるという。このCDには以下の曲が録音されている。
  • Scharlachrote Buchstaben (1984)
  • Anschlüsse (1983)
  • Currants-Johannisbeeren (1984)
  • MMM-Meer(mehr)Musik als Malerei (1978)
  • Intervalles (1987)
  • Un Poco (1991)

音楽を聴いた印象は、一言クールである。影響を受けた作曲家としてモートン・フェルドマン、コンロン・ナンカロウ、スティーブ・ライヒが挙がっているのも頷ける。また印象派のハーモニー、ジャズのスタイルも十分感じ取れる。要するに感覚的で聴きやすく、生理的な快感を蔑ろにしていない。
楽譜は Schott 社と女性作曲家専門の出版社 Furote Verlag から出ている。

このCDのタイトルにもなっているScharlachote Buchstaben[Scarlet Letters]は、スカルラッティへのオマージュになっていて、鍵盤を翔け抜ける(疾駆する)無窮動ともいえるリズミカルな音楽は、聴いていて実に爽快だ。ライト感覚のヴィルトゥオーゾ曲(つまりスカルラッティ風)といった感じだろうか。軽やかなタッチに思わず「おっ」と膝を打ち、次の瞬間ニンマリとする。
こういう音楽が聴きたかったんだ!

もちろんこの曲もゲンダイオンガクなので、創意工夫も、ひとつの「見物」だろう。曲の基になる7つの音 S(Es)CADE-B(B-flat)-H(B) Domenico Scarlatti Barbara Heller の文字から採譜されたもので、この音の一塊「菌(胚種)細胞」(germ cells)がピアノの鍵盤上で変幻自在の増殖をする──というなかなか凝った仕掛(コンセプト=ノウガキ)が施されている。
この作品の楽譜は Schott 社で出ているので、腕に自身がある人はどうぞ。(実はこのCDのピアニスト、ちょっと力量不足かな、と思う)

あと別な意味の”コンセプト”として興味深いのは、一曲としては演奏時間が一番長いUn Poco 。メシアン風の神秘的で瞑想的な部分と、暴力的な連打音が続く部分が交代しながら、最後にはペルシャのララバイ(子守唄)の静かで、優しく、そしてノスタルジックなメロディに包まれる。
この曲は作曲者がイランの恐怖政治で犠牲になった女性たちに捧げたものである。


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