DISC REVIEW

C
OLIVIER
MESSIAEN

honochromie


OLIVIER MESSIAEN
(1908-1992)


Chronochromie

La Ville d'en Haut

Et exspecto resurrectionem mortuorum



PIERRE BOULEZ

The Cleveland Orchestra


recording 1993 / DG
□クロノクロミー(1959-60)
□天より来りし都(1987)
□われ死者の復活を待ち望む(1964)



先日(3月9日)、Googleにアクセスしたら、そのロゴマークがとてもカラフルだった。Googleって時々そういった「茶目っ気」があって好きなんだけど、その日の模様は、なんでもモンドリアンの誕生日を記念したロゴだという。あの『コンポジション』のカラー・ブロックがうまく生かされていた。
ふーん、やるなあ、Google。

それでそのロゴを見ていたら突然閃いて、もしかしたらモンドリアンの『コンポジション(まがい)』ってHTML、とくにテーブルを使って出来ないかな、なんて思ってちょっと遊んでみた。まあ途中で飽きてしまったんだけど、せっかくだからこれを何かに使おう、と思ってこのページを(無理やり)作ってみました。

この「色キチ」に相応しい音楽は?……と言ったら当然メシアンでしょう。しかも『クロノクロミー』と『天より来りし都』という問題作。両曲とも天才と何とかとは紙一重、と言うぐらいぶっとんだ音楽だ。

『クロノクロミー』はその題名からしてすごい。この「クロノクロミー」という不思議な語感を持つ言葉は、ギリシア語の時間を意味する「クローム」と色彩を意味する「クローマ」の合成語である。つまり作曲者メシアンは「時間」に「色」を付けてしまったというわけだ。しかも「音」という「ツール」によって!!!(メシアンじゃなかったら病院送りだぜ)。

でも、でもこれがもうびっくりするくらい美しい。もちろんメシアン特有のヘンなリズムが、時々、自分の心臓の鼓動と合わなくて、ちょっと苛立たせられるけど(だからペースメーカーをしている人は聴かないほうがよいかも)、それでもこのハーモニーの持つ色彩感、そして特異な時間感覚──時間を感じられるものとし、時間の「数」を知覚できるものとする媒介手段として音を用い、時間の諸力を捉えるために素材を組織化し、素材を鳴り響かせること(ジル・ドゥルーズ)──は他の音楽家には決して真似できないんじゃないかな、と思う。
本当に独特の色彩感覚だ。音楽を聴いているのにまるでサイケデリックな映像を見ているような気分になってくる。本当に色の粒子が(音の波長が)空間を飛び交っているようだ。

とくに6曲目の Epode 。この弦セクションによる奇妙な静けさを孕んだ響きは──別に薬物でハイ/ダウナーになっているわけではないのに──なんだか別世界から聞こえてくる特殊な信号のような感じがしてくる。やばいよ、この曲。

『天より来りし都』もその題名の通り、妄想系の音楽。まあメシアンのことだから神がかりな能力でもって天国を「幻視」したんだろうけど、それにしてもまるで本当に「見てきたかのような」毅然とした態度にはある意味尊敬してしまう。
この曲の特徴は木管、金管、ピアノ、パーカッションという変則的な編成(つまり弦がない)を取っていること。重々しい管にピアノとパーカッションがリズミカルに(というより勝手気ままなふうに)絡む音楽。
ただ、この音楽を聴いても、あまりキリスト教のイメージがしなくて(まあおどろおどろしい黙示録から来ているようだし)、どちらかというともっと異教的な、例えばクライヴ・バーカーが設定した世界=「イマジカ」のような感じがする。

それは『われ死者の復活を待ち望む』でもそうで、やっぱり清廉な天使が集うパラダイスと言うよりも、神秘主義的な秘教の匂いがギュルギュルと漂う「ウィーブ・ワールド」をイメージさせる──もちろんそこが魅力だ。
この曲は、当時の文化相アンドレ・マルローの委嘱により、二つの世界大戦で死んだ人たちを追悼するために作曲された。『天より来りし都』と同様、この曲も弦楽器が省かれており、重々しい管楽器と重々しい打楽器によって荘重な音楽が響き渡る。その壮麗な音楽には恐ろしいほどの迫力があり、まったくもって圧倒させられる。
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