DISC REVIEW


ブラームス:ピアノ協奏曲第一番ニ短調
シューマン&グリーク: ピアノ協奏曲イ短調

クラウディオ・アラウ(ピアノ)




ブラームス:ピアノ協奏曲第一番
バラード集

ベルナルト・ハイティンク指揮
ロイヤル・コンセントヘボウ管弦楽団

Recording 1969(1977、78 バラード)


グリーク&シューマン:ピアノ協奏曲


クリストフ・ドホナーニ指揮
ロイヤル・コンセントヘボウ管弦楽団

Recording 1963

PHILIPS



クラウディオ・アラウは、1903年にチリで生まれ、1991年に亡くなった。今年(2001年)は没後10年にあたる。それで限定盤・特別価格で発売された「アラウ名盤1000」の中から、ロマン派を代表する三つのピアノ協奏曲──ブラームス(一番)、シューマン、グリークを聴いてみた。

三曲とも期待通りの演奏に大満足。「最後のロマン派の巨匠」に相応しい、重厚でドラマティックな演奏だ。
こういった演奏には、ストレートに、そして多少アナクロニックな表現で攻めてみたい。

まず、ブラームス。冒頭のティンパニのトレモロからして重心が低く、腹の底にズンと響いてくる。ハイティンク&コンセントヘボウの演奏は、気迫十分、テンションは異様に高い。
オーケストラが雄大な旋律を豪快に吼えた後、一転、静まり返った最中に、ピアノが、弱音で、入る。何度聴いても緊張が走る瞬間だ。遅めのテンポ。殺気すら感じる。 ピアノは、ティンパニのトレモロに呼応するかのように、強度と重さを十分孕んだトリルを響かせる。その後、ピアノはピアノ、オーケストラはオーケストラで、それぞれの(機能の)違いを際立たせながら、音のドラマを構築してゆく。

シューマンとグリークの指揮はドホナーニ。アラウとの競演も異色だが、コンセントヘボウとの録音も珍しい。アラウは両曲とも非常に気に入っているらしく、グリークは3回、シューマンに至っては5つの録音があるという。他にシューマンのピアノ協奏曲を5回も録音したのは指揮者のアバドぐらいだろう。

この2曲とも申し分ないくらい情熱的な力強い演奏で、しかもデリカシーに溢れている。特にシューマンの作品には、この作曲家の音楽に絶対的に必要な「情感」があらゆる場面で感じられ、一楽章の、あの限りなく、どこまでもロマンティックなカンデツァには、何度となく胸を熱く痛くさせられた。
二楽章も、ゆったりとしたテンポ、暖かい柔和な響きに包まれ、どこか懐かしい気分に浸らせてくれる──生理的食塩水、あるいは羊水に包まれた記憶。病気で39度まであった熱が、解熱剤を飲んで、37度の微熱まで下がったときの、心地よいダルさ、甘美な陶酔、薄れゆく焦燥感。
シューマンの音楽を聴いたぐらいで、そんなことを思ったら、大袈裟すぎるだろうか、ちょっと後ろ向きの姿勢だろうか?

けれども、正当な動機のための最良の意図であっても、精神錯乱にもとづく変調が相手では、なにができるだろか? 彼は狂人に歩みより、その者の尊厳を正常な位置にもどしてやろうとして、親切に手伝い、それからその者の手をとり、かたわらに腰をおろす。彼はその男の狂気が、間歇的なものにすぎないことに気づく。発作は終わったのだ。

ロートレアモン伯爵『マルドロールの歌』(前川嘉男訳、集英社文庫)


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