DISC REVIEW
Diderik Buxtehude (1637-1707)


ブクステフーデ 「オルガン名曲集」

マリー=クレール・アラン(オルガン)

Recording 1986 / Erato



ディートリヒ・ブクステフーデの誉れ高いキャッチコピーは、「バッハが歩いて聴きにきた!」であろう。
1705年、バッハはブクステフーデの演奏を聴くために、アルンシュタットからリューベックまで徒歩でやってきた。そのオルガン演奏はバッハをいたく魅了したが、リューベック滞在が長すぎたため、アルンシュタットの教会オルガニストの職をリストラされてしまった。

あまりに有名なエピソードだが、当時はクルマも新幹線もなかったので、徒歩で来たのは単に馬車代をケチっただけかもしれないし、聖務が急務のオルガニストがバカンスにうつつを抜かしていられるわけでもない。まあそれでも、ブクステフーデを紹介するのに、気の利いた前口上であるには違いない。

音楽は、なかなかどうして、とても華麗だ。バッハ以前の音楽というと、どれも宗教絡みで、説経臭いイメージがあるが、このオルガン作品集は聴き応えのあるナンバーがそろっている。もちろんマリー=クレール・アランという華のあるミュージシャンの演奏も関係あるだろう。

それにしても第一曲目の「前奏曲ト短調」からして、そのスペクタクルなトッカータに思わず頬が緩む。続く2曲目の「暁の星はいと美しき」というタイトルからして印象的な曲は、無論タイトルを裏切ることはない。非常に魅力的な音色とメロディーを持った作品だ。
その他「アダムの堕落によりて」の半音階を用いた音はすごく新鮮に聞こえ、たくさんある素っ気無い題名の「前奏曲」や「シャコンヌ」にしても、存外なドラマ性と意表を突く展開が待っている。どの作品も、聴かせるツボを心得た職人芸を感じさせるものばかりだ。

ブクステフーデはデンマーク(現在はスウェーデン領)のヘルシングボルイに生まれた。父親はドイツからの移民で、教会オルガニストであった。1668年、ブクステフーデはフランツ・トゥンダーの後を引き継ぎ、リューベックの聖マリア教会(Maria-church/Marienkirche)オルガニストに就任。そこで彼は、教会オルガニストとして、また作曲家として活躍するだけでなく、「夕べの音楽/Abendmusiken/evening concerts」というコンサートをプロデュースし、これを見事に成功させた。ハンザ同盟都市リューベックならではの自由と先進性を感じさせる話題である。

そしてこのことがブクステフーデの音楽を、「敬虔」というイノセントな一言では片付けられない、独特の個性とイマジネーションの豊さ、革新と活力を併せ持ったアーティストのものとして、同時代のリューベック市民のみならず、21世紀の世界の音楽ファンをも魅了しているのではないかと思う。


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