A SHROPSHIRE LAD

わたしの心に、殺す風が
遠くの国から吹いてくる。
なんだろう、あの思い出の青い丘、
あの塔は、あの農園は?

あれは失したやすらぎの国、
それがくっきりと光って見える。
倖せな街道を歩いて行った
わたしは二度と帰れない。


小笠原豊樹訳
マーガレット・ミラー『殺す風』(ハヤカワ文庫)より
画 Agnes Miller Parker(1895 - 1980)


Poems and songs from
A SHROPSHIRE LAD




Music by George Butterworth, C.W.Orr, John Ireland, E.J.Moeran, Lennox Berkeley, Samuel Barber

reader:Alan Bates
tenor:Anthony Rolfe Johnson
piano:Graham Johnson



Hyperion




その詩を引用したマーガレット・ミラーの作品によって、イギリスの詩人 A.E.ハウスマンの『シュロップシャーの若者』を知った。ミラーの物語の素晴らしさはいうまでもないが、それと同じくらい引用されたハウスマンの詩に魅了され、陶酔した。
それは小笠原豊樹の訳文にもあるのだろう。彼は詩人岩田宏でもあり、彼の美しい日本語訳によって、情感豊かな響きをダイレクトに感じ取ることができた。同じ小笠原豊樹訳によるロス・マクドナルド『ウィチャリー家の女』や『さむけ』があれほど文学的な余韻を残すのも、彼の翻訳文体に拠るところが多いのではないかと思う。
ハウスマンとの出会いは幸運だった。

そしてそのハウスマンの詩の持つ響き、その余韻を文字通り感じさせてくれるCDを手にいれた。ハイペリオンから出ている一連の詩&歌曲シリーズ。
このCDには、A.E.ハウスマンの詩集『シュロップシャーの若者』(A Shropshire Lad)すべてが収められている。アラン・ベイツによる詩の朗読と、ジョージ・バターワースやジョン・アイアランド、サミュエル・バーバーらがハウズマンの詩をもとに作曲したピアノとテノールによる音楽。

ベイツの深みのある低い声に続き、静かなピアノに導かれ、優しいテノールの歌が始まる。作曲者も、作曲時期もそれぞれ異なるのに、まるで連作歌曲を聴いているような気分にさせてくれる。その音楽は──必ずしも肯定的ではない言葉であえて形容するならば──あまりにもナイーブで、あまりにもセンチメンタルに鳴り響いている。しかしそれが無量の魅力を発散しているのだ。このアルバムは、僕にとって、『冬の旅』や『詩人の恋』と同じくらい大切なものだ。

『シュロップシャーの若者』はハウスマンが1896年に発表したもので、イングランドの中西部シュロップシャー州から都会のロンドンに出てきた若者の「声」である。彼(ら)の生と死、不安と苦悩、やるせない愛が故郷のノルタルジックなイメージを絡めながら、歌われている。それはハウスマンの内なる声、秘められた情熱に違いない。A.E.ハウスマンは同性愛者であった。そしてあのオスカー・ワイルド裁判は1895年であった。
Oh,when I was in love with you
  Then I was clean and brave,
And miles around the wonder grew
  How well did I behave.
And now the fancy passes by,
  And nothing will remain,
And miles around they'll say that I
  Am quite myself again.


Oh,when I was in love with you

ハウスマンの詩に特に心酔していた作曲家は、C W Orr (1983-1976)とジョージ・バターワース(1885-1916)である。このCDでも彼ら二人の曲がとびぬけて多い。

マーガレット・ミラーが『殺す風』で引用した詩 "Into my heart an air that kills" は C W Orrが作曲している。この曲、うつろい揺らめくような半音階が、美しくもどこか不安な心理状態を感じさせる。響きは印象派の音楽に近い。そしてそれは、ミラーの『殺す風』のラスト、犯人が不穏な兆しの雲を見上げるシーンがどうしても重なってしまう。

ジョージ・バターワースは1885年生まれ、1916年第1次世界大戦におけるソンムの戦いで戦死した。31年というあまりにも短い生涯のため、ほんの僅かな歌曲とオーケストラ曲しか残されなかった。彼は召集されてから、未完成の作品や草稿をすべて破棄し出征した。
その作品は、音楽史にこそ大きな足跡を残しはしなかったが、一曲一曲が憧憬に満ちた非常に優しい音楽に仕上がっている。感傷的、といってもよいかもしれない。この歌曲とは別に、オーケストラ曲としても『シュロップシャーの若者』からインスピレーションを得た楽曲も残している。よほどハウスマンの詩集が好きだったのだろう。盟友ヴォーン・ウィリアムズはバターワースを哀悼し『ロンドン交響曲』を捧げた。



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