Harrison Birtwistle [pulse shadows](1996)
バートウィッスル:パルス・シャドウズ
パウル・ツェランに基づく瞑想(ソプラノ、弦楽四重奏とアンサンブルのための)

  • ファンタジア1
  • 糸の太陽たち
  • フリーズ1
  • 白くて軽い
  • ファンタジア2
  • 詩篇
  • ファンタジア3
  • 手紙と時計とともに
  • フリーズ2
  • 1つの眼、開け
  • ファンタジア4
  • トートナウベルク
  • フリーズ3
  • テネブレ
  • ファンタジア5
  • 死のフーガ──フリーズ4
  • 言葉を言え

Arditti Quartet / Claron MacFadden / Nash Ensenble / Reinbert de Leeuw

Recording 1999 / TELDEC

イギリスの作曲家ハリソン・バートウィッスル(1934生まれ)による1996年の作品。
構成は<弦楽四重奏曲のための9つの楽章>と<ツェランによる9つの曲>が合体した計18楽章からなる。
演奏はアルディッティ弦楽四重奏団、指揮ラインベルト・デ・レーウというこの手の現代音楽にはまったくもって申し分のないプロフェッショナル/エリートたちに加え、ソプラノのクラロン・マクファデン(彼女は叫び、慰める)とナッシュ・アンサンブルが参加している。

ドラマティックな開始──弦楽四重奏による激烈な和音に続き、絶叫のような、悲鳴のような鋭い音響が空間を切り裂く(ヴァイオリンは叫び、慰める)。そして暗鬱な情緒、怒りと絶望。言葉を知らないはずの器楽音が、まるで口蓋を震わす人声のように、まるで何かメッセージを孕んでいるかのように、奇妙なハーモニックスを響かせる。それは、
     表現主義的である。音楽という抽象的な枠組みから突出している。何よりこの音楽=時間芸術はパウル・ツェランという詩人=亡霊によってコントロールされているのだ。

パウル・ツェラン──ドイツの詩人(ルーマニア出身)……ユダヤ人……ナチスの強制収容所にて両親を殺される……アドルノの”アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮だ”というフレーズに対し/抗し「死のフーガ」を書く/書いてしまった……そして、セーヌ川に入水自殺……。

 彼は叫ぶもっと甘美に死をかなでろ死はドイツから来た名手
 彼は叫ぶもっとヴァイオリンを暗く弾けそうすればきさまらは
       煙となって空に昇る
 そうすればきさまらは雲のなかに墓がもらえるそこで寝ても
       狭くはない

 『死のフーガ』(生野幸吉・檜山哲彦編「ドイツ名詩選」岩波文庫)


CDの解説によるとツェランは「言葉で対処できない体験は一方では現実を再構成する手段としての言葉を要求する」という逆説に直面したそうだ。
詭弁? アリストテレスのfanatic、反論せよ。

実際「死のフーガ──フリーズ4」は、ツェランのテクストは使用されないが、その{フーガ形式/言語の並び}は踏襲されいるようだ(僕には断言できないが)。つまりバートウィッスルは、この曲の中で、「亡霊の主題」を神秘的なハーモニックスで登場させ、ツェランのテクストにおける「黒いミルク」に対応するべく、その主題を何度もリピートさせている。

もちろんそれは、流麗とは言い難い断片のようなモチーフであるけれども、緊張感と切迫感を実によく表している。しかも作曲者は、ツェランの詩にふさわしい「旋律」を探し求めたということだ。ここでも抽象的な枠組み/形式/フーガを突き破る真摯かつ凶暴なパストが突出される。そのためサウンド的にはウェーベルン風あるが、その音楽的な境地はベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲、例えばあの嬰ハ短調の四重奏曲に近いものを感じさせる。

そしてフィナーレ。テクストなしの「死のフーガ」に続き、最後の最終の楽章は、ツェランのテクスト「言葉を言え」がソプラノによって、エモーショナルに語られる。

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PHILIP GLASS [THE MUSIC OF CANDYMAN]
フィリップ・グラス:キャンディマン

  • Music Box
Candyman Suite
  • Cabrini Green
  • Helen's Theme
  • Face to Razor
  • Floating Candyman
  • Retrun to Cabrini
  • It Was Always You, Helen
CandymanU Suite
  • Daniel's Flashbox
  • The Slave Quarters
  • Annie's Theme
  • All Falls Apart
  • The Demise of Candyman
  • Reverend's Walk

ORANGE MOUNTAIN MUSIC

フィリップ・グラス作曲によるホラー映画『キャンディマン』のサウンド・トラック。原作はクライヴ・バーカー。前々から気になっていた作品だったがようやく手に入れることができた。

レーベルは ORANGE MOUNTAIN MUSIC 。初めて聞くレーベルなのでネットで調べてみると、ここはフィリップ・グラスの新しいレーベルで、この "The Music of Candyman" が最初のリリースのようだ。

http://www.orangemountainmusic.com/

興味深いのはこのサイトにある「Yahoo Internet Life magazine」のインタビュー記事。これによるとグラスは、ポップスと同様デジタル・ミュージック革命はクラシック音楽にも確実に押し寄せ、今後10年間の予測として、古い流通形態が崩れ去った後、独創的な作品が次々と生まれ、これまでの因習に囚われない音楽の黄金時代になるだろうと述べている。

http://www.orangemountainmusic.com/images/yhoglassinvw.html

ナップスターを始め、様々に取り沙汰されているネット時代の音楽についてグラスは、好意的かつ楽観的な態度を見せている。

さて、肝心の音楽であるが、これは紛れもない、いつものあのフィリップ・グラス調を思う存分聴かせてくれる。無闇に構えなくとも、スッと耳に飛び込んでくる心地良い響き。それでいながら、あらゆる感覚機能に訴えかける秘教的な音響空間。単なるサウンド・トラックを超えた素晴らしい音楽がそこにはある。

それにしてもなんて美しく繊細なテーマだろう。冒頭の「Music Box」で鳴らされる冷たく澄んだ金属音。それはまるでネジの切れかかったオルゴールのようにか細く響き、どうしたってそのフラジャイルな音に耳を澄まさざるを得ない。一瞬にして、このあまりにもシンプルで、それゆえ筆舌しがたい美しさを持ったメロディーに心を奪われてしまう。
『エクソシスト』の「チューブラベル」と同様、ある種のホラー映画は、何故かくも繊細で、美しく、もの哀しい音楽を要求するのだろうか。

特に6曲目「The Demise of Candyman」。この曲集中随一の長さを持つ楽曲で、様々なテーマがコラージュのように重なり合いながら流れていき、ドラマティックな展開を見せる。
まずオルガンが旋回する竜巻のように紡ぎ出され、続いて引き伸ばされ持続する、いかにもグラス風なヴォーカル、そして、インド音楽のようなエキゾチックな雰囲気を持つフレーズに続き、哀切極まりないピアノが鳴り響く部分に突入する。このピアノが奏でるメロディーには本当に感情を揺さぶられた。

なぜか、サイモン・マースデンの廃墟の写真が目に浮かぶ。
コーネル・ウールリッチの『喪服のランデヴー』のある部分が思い出される。
エイズで亡くなったゲイのアーティストたちの面々が脳裏をよぎる。
『時間城の海賊』(銀河鉄道999)で時間城とともに身体が朽ち果てて行きながらもギターを弾き続けるレリューズの姿が思い浮かぶ……。

そして音楽は、冒頭のメロディーを回顧する。モーツァルトのあのハ短調幻想曲にも似たメロディーを、小林秀雄経由でもう一度聴いたときのように。


[GlassPages: Philip Glass on the Web]
http://www.lsi.upc.es/~jpetit/pg/glass.html

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