レズビアン文学

映画『柔らかい殻』、小説『恍惚のフラミンゴ』









「シネマスクエアとうきゅう」の映画は一時期良く見ていた。ここでの映画は、先入観なしに、気楽に見ることができた。何故かというと、それは非常に簡単な理由で、つまり「マイナー」だからである。有名な俳優が出ているわけではなく、カリスマ的な映画監督が客を選んだわけではない。ひとりよがりの前衛でもない。マイナーだから、余計な批評は出ない。原作も本屋に並ばない(ましてやノヴェライゼーションなんて!)。見知らぬ監督の見知らぬ作品を自分のカンを頼りに見に行く──見知らぬ男と一瞬だけ過ごすように──それが楽しめる。
個人的なことだが、ある映画に「原作」があったらなら、とりわけそれが有名な文学作品なら、映画を見る前に、読まずにはいられない──不幸な体質である。最近では『ポーラX』。原作はメルヴィル『ピエール』。メルヴィルといえば、有名な『白鯨』にしても『ビリー・バッド』にしても立派なメンズ小説と言えるだろし、さらに巽孝之の『ニューヨークの世紀末』で紹介されている『乙女たちの地獄』はまさにクイアーな作品に他ならない。うーん、『ピエール』読みたい。その後『ポーラX』をみたい。
また映画評論家以外の、それぞれの分野で優れた功績のある人達の、刺激的なレビューなりエッセイは、そのテクストの持つ威力によって、映画そのものよりも、思想や映像美を雄弁に語り、映画を見る必要は無くなるのではないかという感覚に陥る(テクストに撹乱される)──まったく不幸な体質である。それだけでなく、例えばスーザン・ソンタグ「ゴダール」「ベイルマン」についてのレビューを読むと、映画を見るよりも、ソンタグが引用し比較している文学作品や「他の映画」をまずもって見たくなる(押さえておきたくなる)。「ゴダール映画」への道のりは、フローベルやジョイスという峠を超えた、遥か先に遠のいていく。

話しを戻そう、いや、暴言を吐こう。「シネマスクエアとうきゅう」は、スタンスとして「特別な期待」なしに行くが、何かしら「処理」ができ、ときには素晴らしい出会いがあることを内奥に「期待」しながら通う「ハッテンバ」のようなものだ。当たりハズレは承知の上だ。







フィリップ・リドリー『柔らかい殻』を見たのは、直感が働いたからだ。監督についても何も知らなかった。映画自体はゲイを描いたものではない。が、静かな、パトリシア・ハイスミスを思わせる、静かな狂気を描いた作品だった。どことなく感じる悪意。女を執拗に追い詰める意地の悪さ。不思議な余韻を残す。

カンは当たった。BINGO! その後早川書房(僕はミステリファンなので、この出版社の新刊はチェックしている)から出版された『恍惚のフラミンゴ』はまさしくゲイ小説だった。同じく早川文庫から出て気になっていた『ザ・グレイズ/冷血の絆』の映画の脚本を担当したのもフィリップ・リドリーであることを知った。しかも『冷血の絆』には、昔デュランデュランとともに好きだった(もちろんルックスね)スパンダー・バレー("TRUE"っていう名曲がありましたね)のメンバーが出ていた。Oh! Lucky.

『ザ・グレイズ/冷血の絆』はビデオで見たのだが、ギャングの一人がゲイで、男同士のセックスもちゃーんとある。行為は省略されているが、男の、あまり造形的に美しいとは言い難い、平板な感じの尻が映り、そのぶんナマナマしさを感じる。実在の人物を描いたこの作品は、アメリカのギャングのようなハデさはないが(例えば、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』のような)、クールな男たちのアウトローぶりは面白い。何よりも、多少ヒステリックだが、大物の犯罪者がゲイというのがいい。ゲイは「無条件に良い人」か「けちくさい被害者&けちくさい悩める加害者」でないのが新鮮だ。




『恍惚のフラミンゴ』はゲイ小説といっても、性描写は(残念ながら)まったくない。ビザールな、奇妙な味のする短編小説である。ファッショナブルでもない。作者フィリップ・リドリーはイースト・エンドの生まれ。階級制度が残るイギリスでは労働者階級が多く住む地域である。ペット・ショップ・ボーイズが皮肉るように歌った『ウェスト・エンド・ガールズ』のウェスト・エンドがファッショナブルな地域である。
そういえばペット・ショップ・ボーイズにもかなりのゲイ・テイストを感じさせる。次の詩なんてイースト・エンドやソーホーでのゲイのナンパのように思える。

俺は頭がいいし、おまえはルックスがいい  I've got the brain you've got the looks
二人でひと儲けしようぜ   Let's make lots of money

俺はパートナーを捜しているのさ  I'm looking for the partne
頼りになる奴と組みたいんだ  Someone who gets things fixed
金持ちになりたくないかい?  Do you want to be rich?

ペット・ショップ・ボーイズ『オポチュニティーズ』 PET SHOP BOYS "OPPORTUNITIES"





『恍惚のフラミンゴ』は確かに性描写はないが、決してキレイな小説でもない。良くも悪くもリアリティがある。イギリスの労働者階級のゲイに対する本音が、嫌悪がストレートに描かれている部分もある。だから次のようなセリフに当たって落ち込まないように。

「あんなやつ監禁してくべきよ。いやね、オカマなんて。あんた、オカマがどんなことするかって知ってる? 相手をアブミで吊るしあげて、ケツの穴に拳を突っ込むのよ、ほんとなんだから。一度映画で見たことがあるの。拳を全部入れちゃうのよ。ああ、気持悪い。ああいう連中にとってエイズはいい罰よ。オカマがみんな死んじゃったって、あたいは涙なんか流さない。ひとり残らず死んだって、絶対に流さないわ」

『野蛮なる連続性』


MEMO

フィリップ・リドリー 『恍惚のフラミンゴ』(早川書房)
ハーマン・メルヴィル 『乙女たちの地獄』、『ピエール』(国書刊行会)
スーザン・ソンタグ 「ゴダール」、「ベイルマンの『ベルソナ』」。ともに『ラディカルな意思のスタイル』(晶文社)に収録
柔らかい殻(ビデオ、アスミック)



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