丸尾末広は子供が読むマンガではない。普通の意味でR−指定、子供が読むべきではない本、つまりポルノと同等にある。それは彼の作品の初出が『SMスピリッツ』や『SMマニア』、『SMセレクト』、『漫画ピラニア』、『劇画悦楽号』、『漫画エロス』といったSM雑誌やポルノ・マンガ雑誌という理由だけでなく、ときおり○○○○や××××等のちょっとヤバいシーンが挿入されるからだ。
またポルノと言っても、アメリカのハード・コアの明るく健康的で生の喜びのギッシリつまったものとはだいぶ違う。Falcon Studio のビデオを見れば分かるように(あなたが Gay であることが前提ですが)、これらアメリカのポルノグラフィーは、フィスト・ファックでさえも、ハンサムでカッコのいい男たちの愉快で楽しく、しかもスタイリッシュな性行為のヴァリエーションとしてプレゼンテーションされている。後ろめたくもなんでもない。
しかし丸尾末広のマンガは、不健康で、不道徳で、不愉快と不快感のギッシリつまった、真にいやらしく、いかがわしいポルノグラフィーである。初めて読んだときには戦慄が走った。まったく打ちのめされてしまった(同じような体験はドストエフスキーの『悪霊』を読んだときにも感じた)。そして今でも、読む度、思い出す度に妙な心地悪さと後ろめたさを感じてしまう。
彼のマンガは何よりもワイセツなのだ。彼こそマルキ・ド・サドの散文を、マンガと言うメディアに置き換えることに成功した天才であると断言できる──映画に置き換えたのはパゾリーニであることに異論はないだろう。彼のマンガの特徴をざっと挙げると
●何よりもその不思議な魅力を持つ絵。独特の淫靡な絵。美少年と美少女、アンドロギュロス的不穏なエロス、不埒なくらいのワイセツな絵
●眼球へのオブセッション
●スカトロジー
●身体的、精神的に欠損している人物への容赦ない描写、そして彼らの性欲、彼らに対する性欲。
他にも終戦直後のモラルもへったくれもない、またモラルを気取る余裕のない時代が、痛々しいまで過酷に描かれる(『無抵抗都市』)。
スーザン・ソンタグが言うように、性器や性行為について単にあからさまに描くことがワイセツであるとは限らず、特定の語調で語られたときや、ある種の道徳的響きを獲得したときにこそワイセツになる。「特定の語調」(マンガではその絵に相当するだろう)そして「道徳的な響き」を多分に、危険なくらい、饒舌に取り入れた彼のマンガは、まさに「ワイセツ」ポルノグラフィーのキングとも言える。丸尾末広のマンガは、後ろめたい、冒涜的な、言語道断な、しかし崇高でエネルギッシュな愉しみを与えてくれる。
最高のマンガ作品の一つだ。
MEMO
『パラノイア・スター』(河出書房新社、カワデパーソナル・コミックス)
ポルノ色はあまりなく、シュールな作品が掲載されている。しかしかなりキワドイ政治ネタ(ナチ、大日本帝国)があってかなりデンジャラス。「シュール」なので説明不用、要約不能。さりげなくジャン・コクトーやマレーネ・デードリッヒが登場する。解説に高橋睦郎の『オナニー少年を追放しよう』収録。
『DDT』─僕、耳なし芳一です─(青林堂)
多くの作品の初出がポルノ雑誌、グロテスクな性的モチーフで彩られている。冒頭に作者のシュールレアリスム宣言と言うべき『僕の少年時代』(「ミシンと
出逢わないこうもり傘」というロートレアモンをモジッたコトバが出てくる)が置かれる。
母親を殺した血まみれの少年の家に百科事典のセールスマンがやってきて、死体を挟んで会話する。セールスマンは実は死んだはずの少年の父親だった(『APPARITION』)。
自分の娘に売春をさせる父親。しかも彼は客を取り易くするために、娘の目を潰す。その一部始終を見ていた隣の少年が目の見えない娘をレイプし、さらに少女の父親を殺す(『プロレタリアートの秘かな愉しみ』)。
少年をまるで犯すように殺す、眼帯をしたやはり少年の吸血鬼(『ヴァンパイア』)。
死んだ恋人の眼球をスプーンで抉り、それを自分のヴァギナに入れる少女(『あらかじめ不能の恋人達』)
他に、少女レイプ殺人、ダンディなスカトロジスト、放尿、ペニス切断、女装の売春婦などをエレガントかつヒワイに描く。
『薔薇色ノ怪物』(青林堂)
やはり多くの作品がポルノ雑誌の掲載。
母親に虐待され、カエルを食べて飢えを忍ぶ少女。彼女は母親が可愛がる息子を誘惑して、セックスをし、そして彼を食べてしまう(『リボンの騎士』)。
醜い下男が実は雇い主夫婦共通の愛人で、しかも・・・(『下男の習性』)。
近親相姦の兄妹。彼らは、両親の性行為を覗いていた庭師のペニスを切断する(『僕らの眼球譚』)。
女中を苛めるお坊ちゃま(『私ハアナタノ便所デス』)
他に、義足、少女リンチ、手足切断、やはりスカトロジー譚。
『月的愛人 ルナティックラヴァーズ』(青林堂)
傑作、かつ一等の問題作『無抵抗都市』収録。エロティックよりグロテスク。ビザール、マカブレー。僕には詳細を紹介する勇気がない。扉には、裸で
Bikeサポーターとボディー・ハーネスを身につけたハンディ・キャップ(遠まわしの言い方です)の人物のモノクロ写真が印刷されている。
これ以外にも青林堂から
『ナショナル・キッド』、
『少女椿』、
『夢の─SAKU』などが出ている。