MANGA 丸尾末広




相変わらずセクシーでエキセントリックな本木雅弘と「同性愛」という文字に釣られて「ダ・ヴィンチ」(MAY 2000)を買ってしまった。ゲイに言及されているのは──「やおい」はイミがないので──正味2ページ。少なすぎるが、まあ、ミステリー・ダヴィンチがあるので良いとしよう。
「同性愛に目覚めたマンガ」か・・・。マンガって、やっぱり子供の頃に夢中になるものなので、その頃、同性愛のこととか意識していたのかなあ、と思っていたら、出演者の一人が藤子不二雄の『みきおとミキオ』を挙げていたのを発見。まさにそれ!だ。のび太と違って、みきお(ミキオ)ってはるかにキュートであるだけでなく──立派にゲイとしての感受性を形成している──、ストーリー的にもホフマンやポウに連なる、一種のドッペルゲンガーものとしても十分に面白かった。そうそう、洞窟での服を脱いでの「入れ代わり」も、やけに鮮明に覚えている。こういうのをプルースト効果というのかどうか知らないが、次から次へと、子供の頃に読んだマンガのシーンが浮かび上がってくる。特に藤子不二雄なんか・・・







例えば、




『魔太郎がくる』
あの「ウラミハラサデオクベキカ」という名セリフを吐いて、いじめられっ子の少年魔太郎が、残酷な復讐をする。子供の読みモノとしては、かなり暗く確信的な悪意さえ感じられた。しかし傑作であることにギモンのヨチはない!いかにもひ弱でいじめたくなる魔太郎クンのキャラが面白かったし、他にも魔太郎の好敵手で、天使のような悪魔の子供、切人(キリヒト)、それにサイコーに魅力的なバイ・プレイヤー、不気味なマスクを被った「怪奇や」のおやじさん。オカルトめいたストーリーや、「怪奇や」のおやじさんのウンチクが興味深かった──僕の大好きなマグリットの絵を最初に教えてくれた。これと『三つ目がとおる』を読んでいたので、後に、すんなりと澁澤龍彦、種村季弘の世界にシフトすることができた。




『TP(タイム・パトロール)ぼん』
たしか主人公は並平凡(ナミヒラボン)という名前だと記憶(Forget?)しているが、ようは本当に平凡で普通の少年が、ふとしたことで歴史の重要事件に携わるという話である。未来にはタイム・パトロールという組織があって、彼らは過去に不幸な死に方をした人物を調査し、その時代へタイム・トラベルをし、その人の命を救うという任務を負っている。
一見ロマンティックで素晴らしい仕事に思えるが、救うことの出来る人物は、その人物が以後の歴史に影響を与えないという条件においてである。つまりソクラテスやエドワードUなど歴史上の人物はもちろん、その時代時代で重要な働きをする人達、もし彼らが生きていたら未来の歴史を変えてしまうような影響力のある人達は助けることが出来ない。タイム・パトロール隊が、不幸な死から救うことが出来るのは、本当に市井の「平凡」な人々だけなのだ。
通常は組織の上層部によって助ける人物予め決まっているのだが、ときには例外があって、コンパクトな「機械」を使って助けてもよい人、と助けてはいけない人を「判別」するときがある。
例えば、細かいストーリーは忘れたが、戦場においては、タイム・パトロール官自らが、「判別」する。大勢の死にかけている人達の中で、この人は助けられる、この人はダメ、と「悲しい選択」をしながら戦場を走り抜ける。これはある意味「神」の仕事だろう。だから心優しい主人公ぼんにとっては、その「判別」が辛くなる。特に彼らのバック・ボーンを知っている場合はなおさらだ(タイムパトロール部員は、ターゲットとなる人物の周囲を調査し、同時代の隣人として、彼らに接し、触れ合う)。主人公ボンは、ときに、命令に背いて、未来に影響力のある「救ってはいけない人物」の命を救ってしまう・・・・。


もしかして、過去に不幸な死に方をしたゲイ、ゲイであるために殺されたり、自殺したりした人達を救い、助ける組織が実はあるのかもしれない。タイム・パトロール隊と同じように「フォゲッター」という機械で「彼ら」と触れ合った体験を忘れているだけで。自分が今まで生きてこられたのも、そう言った人達のおかげかもしれない。そしてマシュー・シェッパードを──あまりにも大きな影響力のために──救うことの出来ない悲しいジレンマに陥った心優しきタイム・パトロール隊の存在も・・・・・。



しかし、マンガは子供たちだけのメディアではないだろう。




丸尾末広は子供が読むマンガではない。普通の意味でR−指定、子供が読むべきではない本、つまりポルノと同等にある。それは彼の作品の初出が『SMスピリッツ』や『SMマニア』、『SMセレクト』、『漫画ピラニア』、『劇画悦楽号』、『漫画エロス』といったSM雑誌やポルノ・マンガ雑誌という理由だけでなく、ときおり○○○○や××××等のちょっとヤバいシーンが挿入されるからだ。


またポルノと言っても、アメリカのハード・コアの明るく健康的で生の喜びのギッシリつまったものとはだいぶ違う。Falcon Studio のビデオを見れば分かるように(あなたが Gay であることが前提ですが)、これらアメリカのポルノグラフィーは、フィスト・ファックでさえも、ハンサムでカッコのいい男たちの愉快で楽しく、しかもスタイリッシュな性行為のヴァリエーションとしてプレゼンテーションされている。後ろめたくもなんでもない。


しかし丸尾末広のマンガは、不健康で、不道徳で、不愉快と不快感のギッシリつまった、真にいやらしく、いかがわしいポルノグラフィーである。初めて読んだときには戦慄が走った。まったく打ちのめされてしまった(同じような体験はドストエフスキーの『悪霊』を読んだときにも感じた)。そして今でも、読む度、思い出す度に妙な心地悪さと後ろめたさを感じてしまう。
彼のマンガは何よりもワイセツなのだ。彼こそマルキ・ド・サドの散文を、マンガと言うメディアに置き換えることに成功した天才であると断言できる──映画に置き換えたのはパゾリーニであることに異論はないだろう。彼のマンガの特徴をざっと挙げると


●何よりもその不思議な魅力を持つ絵。独特の淫靡な絵。美少年と美少女、アンドロギュロス的不穏なエロス、不埒なくらいのワイセツな絵
●眼球へのオブセッション
●スカトロジー
●身体的、精神的に欠損している人物への容赦ない描写、そして彼らの性欲、彼らに対する性欲。


他にも終戦直後のモラルもへったくれもない、またモラルを気取る余裕のない時代が、痛々しいまで過酷に描かれる(『無抵抗都市』)。


スーザン・ソンタグが言うように、性器や性行為について単にあからさまに描くことがワイセツであるとは限らず、特定の語調で語られたときや、ある種の道徳的響きを獲得したときにこそワイセツになる。「特定の語調」(マンガではその絵に相当するだろう)そして「道徳的な響き」を多分に、危険なくらい、饒舌に取り入れた彼のマンガは、まさに「ワイセツ」ポルノグラフィーのキングとも言える。丸尾末広のマンガは、後ろめたい、冒涜的な、言語道断な、しかし崇高でエネルギッシュな愉しみを与えてくれる。
最高のマンガ作品の一つだ。


MEMO


『パラノイア・スター』(河出書房新社、カワデパーソナル・コミックス)
ポルノ色はあまりなく、シュールな作品が掲載されている。しかしかなりキワドイ政治ネタ(ナチ、大日本帝国)があってかなりデンジャラス。「シュール」なので説明不用、要約不能。さりげなくジャン・コクトーやマレーネ・デードリッヒが登場する。解説に高橋睦郎の『オナニー少年を追放しよう』収録。


『DDT』─僕、耳なし芳一です─(青林堂)
多くの作品の初出がポルノ雑誌、グロテスクな性的モチーフで彩られている。冒頭に作者のシュールレアリスム宣言と言うべき『僕の少年時代』(「ミシンと出逢わないこうもり傘」というロートレアモンをモジッたコトバが出てくる)が置かれる。
母親を殺した血まみれの少年の家に百科事典のセールスマンがやってきて、死体を挟んで会話する。セールスマンは実は死んだはずの少年の父親だった(『APPARITION』)。
自分の娘に売春をさせる父親。しかも彼は客を取り易くするために、娘の目を潰す。その一部始終を見ていた隣の少年が目の見えない娘をレイプし、さらに少女の父親を殺す(『プロレタリアートの秘かな愉しみ』)。
少年をまるで犯すように殺す、眼帯をしたやはり少年の吸血鬼(『ヴァンパイア』)。
死んだ恋人の眼球をスプーンで抉り、それを自分のヴァギナに入れる少女(『あらかじめ不能の恋人達』)
他に、少女レイプ殺人、ダンディなスカトロジスト、放尿、ペニス切断、女装の売春婦などをエレガントかつヒワイに描く。


『薔薇色ノ怪物』(青林堂)
やはり多くの作品がポルノ雑誌の掲載。
母親に虐待され、カエルを食べて飢えを忍ぶ少女。彼女は母親が可愛がる息子を誘惑して、セックスをし、そして彼を食べてしまう(『リボンの騎士』)。
醜い下男が実は雇い主夫婦共通の愛人で、しかも・・・(『下男の習性』)。
近親相姦の兄妹。彼らは、両親の性行為を覗いていた庭師のペニスを切断する(『僕らの眼球譚』)。
女中を苛めるお坊ちゃま(『私ハアナタノ便所デス』)
他に、義足、少女リンチ、手足切断、やはりスカトロジー譚。


『月的愛人 ルナティックラヴァーズ』(青林堂)
傑作、かつ一等の問題作『無抵抗都市』収録。エロティックよりグロテスク。ビザール、マカブレー。僕には詳細を紹介する勇気がない。扉には、裸でBikeサポーターとボディー・ハーネスを身につけたハンディ・キャップ(遠まわしの言い方です)の人物のモノクロ写真が印刷されている。


これ以外にも青林堂から『ナショナル・キッド』『少女椿』『夢の─SAKU』などが出ている。









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