なんていうんだろう、どこかで聴いたような、懐かしい気分にさせてくれる音楽だ。気取った言い方をすれば、ちょっと古いフランス映画を見ているような「気分」、でもそれはヌーヴェルバーグとかじゃなくて、ちゃんとしたストーリーがある映画だ。例えばアラン・ドロンが出ていた『冒険者たち』のような(あの口笛のメロディ!)、見ていて微かな感傷に浸れる映画。
彼女は形式主義者だった。生まれながらにして、流行遅れだった。演劇には筋がほしかった(シェイクスピアのように)、音楽にはメロディがほしかった(ヴェルディやシュトラウスのように)、絵画には自然のイメージの再生産であってほしかった(レンブラントやティツィアーノやラファエロのように)。彼女を満足させるのは、このような芸術家だった。
コーネル・ウールリッチ『夜の闇の中へ』(稲葉昭雄訳、早川書房)
そう、この音楽には歌心というか感情にダイレクトに訴える「必殺の」メロディがある。モリコーネのどこか人懐っこくもあり、寂しげでもあり、そして温もり(暖かさ)もあるメロディ。
70年代の録音だからアレンジもそれなりに古い。でもその古さが──また気取った言い方をすれば──セピア色の過去の想い出に結びつく。
そしてミレイユ・マチューの歌い方も独特だ。この人の特徴であろう伸びやかな声、強い巻き舌、歯擦音の声にならない声──音にならない音。そこから独特のオーラが起ちあがる。
それは良く言えばドラマティック、悪く言えば芝居掛かった非洗練と言えるかもしれない。しかしその芯の通った声は一度聴いたら絶対に忘れられない。強烈な印象を、聴くものに刻み込む。圧倒的な表現力だ。
とくに "Il ne reste plus rien"(『愛で死ぬ』の主題歌)や "Da quel sorriso che non ride più"(微笑を忘れて)の哀愁を帯びたリリシズム、"La donna madre" の情熱(情念?)。
まったくあらがいようもない魅力を放つ音楽が、そこにはある。