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氏家幹人著『武士道とエロス』  ─ 評論、歴史風俗 ─
講談社現代新書1239

男どうしの恋の道、衆道は”武士道の華”。美少年の争奪、衆道敵討、義兄弟の契り。江戸の風俗大革命で喪われていく「性」の煌き。武士(おとこ)たちの愛と絆を通して日本男性史を書きかえる。
───表紙より


ハヤリの「(ホモ)セクシャリティ」とか「ジェンダー」とかって、どうも「語呂」が悪かったり、ブスで気が強い女たちのための「公開講座」みたいな「無粋」なイメージがある。
それに対して<男色>。なんてエロティック(美)でエレガント(雅)な響きのする言葉だろう。幾分古風なところが良く、文化的背景も伺われる。「同性愛」という言葉の持つ「消毒臭さ」もない。

この本は、日本独特の「武士道」とそこに絶対的に付随する男同士の恋愛感情を歴史的史実と習俗、多くの文芸に拠り、論じたものである。

そこにはキリスト教的な抑圧や罪の意識、あるいは闘争と言ったものはなく、大らかで自然で優雅で、そして滑稽な成熟した文化が感じられる。
日本という国が欧米諸国(オスカー・ワイルドやアラン・チューリングを裁判にかけた国なんか論外だ)に比べ、はるかに豊かで素晴らしい精神的土壌を築いていたことを改めて実感する。

筆者の語り口も平易で親しみやすく、武士道に限らず、明治の文学(白樺派)や任侠映画、推理小説(横溝正史、江戸川乱歩)にまで話題が及び、非常に興味深い。
そして学校で習う歴史では学べなかった日本文化の奥深さ、懐の深さ、楽しさ、思いも拠らぬ事実などを浮き彫りにしてくれる。
例えば林羅山の次の詠み。
酒力茶煙艮蕩風 少年座上是仙童
遠公不破邪淫戒 男色今看三咲中

厳めしい江戸時代の儒者のイメージも「色」を愛する、親しみやすいものとなる。

また、こういった評論によくある、精神分析的な「無遠慮なこじ付け」や『悲しき熱帯』パターンの優越感に満ちた「慈悲のまなざし」もないので、ゲイの人にも気持ち良く読めると思う。
しかも巻末に記された参考文献は非常に強力で資料的にもかなり使える。個人的には、この本で紹介された「サディスティックな同性愛を描いて、ある水準に達している」と評された日下稔の『給仕の室』など、すぐにでも図書館に問い合わせしてみたくなる。

最後にこの本で印象的だったセリフ。熊沢蕃山が『集義外書』の中で「男色の是非」について議論(問答)した部分である。

”──過度に女色に耽るのも男色に染まるのも、いずれも”放埓な性”で好ましいとはいえない。しかし、情欲もまた人間本来の情であり、しかも社会に広く浸透した習俗としての性のあり方について、とやかく論じるべきではない。すべからく「風俗」、世間人情のなりゆきに任せよ。それでいいのだ──。

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