不二本蒼生
Aoi Fujimoto









例えば、アガサ・クリスティの真鍋博(ハヤカワ文庫)、ルース・レンデルの杉本典巳(角川文庫)等、そのイラストを見ただけで、ああ、あの作家のカヴァーを描いている人だ! と即座に絵と作家がリンクする。そんな経験が本好きの人には案外あるのではないだろうか。好きな作家の作品で、しかもそれが作品のイメージにぴったりなら、ますますイラストにも愛着を感じてしまう。

またそれとは別に、イラストが気に入って手にする本もあるだろう(僕の場合は創元推理文庫のフィリップ・K・ディック。この藤野一友のシュールな絵を見ていなければディックを読んでなかったと思う。それと、深沢幸雄。この人の絵も大ファンで、早川書房から出ているアントニイ・バージェスの作品をほとんど集めてしまった。特に『その瞳は太陽に似ず』のイラストは秀逸!!! ベルナール=アンリ・レヴィの『人間の顔をした野蛮』も深沢幸雄のイラストで買ったようなものだ)

クライヴ・バーカーの「血の本」シリーズ(集英社文庫)のカヴァー・イラストも、僕にとって、作品と絵が分かち難く結びついている。バーカーの小説は言うまでもなく素晴らしいが、その本を飾る絵にも同じくらい感激した。
もともと僕はシュルレアリスムを含めた「優美な」=「グロテスクな」具象画が好きなので、こういった作風の絵には触手が動く。このバーカーのシリーズ絵画はまさに僕好みで、その作品の持つ質感といい肉感といい胸にグッとくるものがある。つまりある意味、非常に官能的なのだ。この集英社版に比べると、海外のPBなんてチンケでいかにも安っぽい。

しかしこういった本のカヴァーを書いている人の情報ってあまり話題にならないし、美術情報誌にもあまり載っていないのが実情だ。そんななか、たまたま買った日向あき子著『ポップ・マニエリスム』(沖積舎)という美術評論集の中に、なんとバーカーのカヴァー画を描いている不二本蒼生氏のことが書いてあった(というより実際は、この本の中に「ゴースト・モーテル」の絵があって、それで初めて「不二本蒼生」という名前を知ったのだが)。

この本で日向あき子は「サイケデリックな創世・絵日記」と題する、短いながらも卓越した不二本蒼生論を書いている。これによると、不二本蒼生は1947年、金沢に生まれた。日向は、この金沢という灰色の暗い街(そして地方都市独特の閉鎖的な人間関係を持つ街)に生まれたことにより、不二本蒼生が後に彼独特の題材及び色彩感を追求するようになったと述べている。
その金沢という陰うつなエリアからの遁走が、かれに魔術的で超現実的な絵を描かせた直接の動機であり、その色彩も彼のこうした内的葛藤から生まれたのだ。

『ポップ・マニエリスム』 p.117

ここで彼女の文章から目についた言葉=キー・ワードをいくつか拾ってみよう。「金沢」「色彩」「サイケデリック」「暗黒」「魔術的」「細密描写」「神秘的オカルト幻想」「両性具有」「怪物」「サブリミナル」……。
さすが美術評論家である。これらの言葉だけで、これらの「単語」を見つめているだけで、ある程度、このアーティストの作品世界をイメージさせてくれる。しかも日向は、途中、アンブローズ・ビアスの「怪物」を引用して(しかも引用元は創元推理文庫「怪奇小説集3」)、絵画作品が持つ幻想性/怪奇性を読み解いていく。

とまれ、それら画家の作品を表現した「言葉」、作品に内在する幻想性/怪奇性の説明は、クライヴ・バーカーの作品世界を述べたものではないのか。

多分、日向は、この文章から察するに、クライヴ・バーカーを読んでいないと思う。しかし不二本蒼生の作品を論ずる文章を読んでいると、まるでクライヴ・バーカーの作品を論じているかのような気がしてくる。それは偶発的なシンクロニシティなのだろうか。それとも、必然的、予定調和的なシンクロニシティなのだろうか。

不二本蒼生 公式ホームページ