ROSE'S LAST SUMMER (1952)
マーガレット・ミラー / Margaret Millar
INTERNATIONAL POLYGOINCS, LTD.
サイレント時代の映画女優ローズ・フレンチ(Rose French)。現在彼女は年老い、落ちぶれた生活を送っていた。かつて五人の夫を持ったこの女優は感情的に不安定で、しばしば精神療養所のソーシャル・ワーカー(psychiatric social worker)フランク・クライド(Frank Clyde)の手を煩わせていた。
ある日、フランクにローズから電話があり、仕事を見つけたので町を出るという知らせが入る。しかしその電話は彼女ではありえなかった。なぜならローズはある屋敷の庭先で死んでいるのを発見されていたからだ。鑑識によって、ローズの死亡時刻はフランクに電話のあった時間よりも何時間も前であることが示され、死因は心臓発作による自然死と判断された。では、フランクに電話を掛けたのはいったい誰なのか。何のために電話をしたのだろうか。彼はローズの死に疑問を持ち調査をする。
ちょうどそのころローズの最初の夫ハリー・ダロウェイ(Haley Dalloway)も町に来ていた。彼はローズとハリーの間に生まれた娘ローラ(Lora)の行方探していたのだ。ローラは数週間前に失踪していた……。
かなり異様で不思議な読後感を与えてくれる。最初は”死んだはずの人間から電話が入る”というかなり「本格」的なシチュエーションを提示しているのだが、いつのまにかストーリーは別な様相を示してくる。
つまり、プロットの中心がローズの死体が発見された屋敷(Goodfield家)の人間関係に「推移」してくるのだ。もちろん最後にはその「不可能」が「論理的」に解決されるのだが、そのときにはもうプロットは極度にねじくれ、崩壊し、物語の中心は、「その程度」の「物理的な謎」よりも人間の奥底に潜む「心理的な謎」に完全に「推移」してしまっている。
”夏の最後の薔薇が一輪取り残され、寂しそうに咲いていた。愛らしい仲間の花はすべて色褪せ、もう萎んでいた”なんていうんだろう、この作品にはリアリズムを超えた叙述の魔力、(「新本格派」を思わせる)プロット(トリック)のための人工的な「設定(世界)」が感じられる。深読み(もちろん誤読も)かもしれないが、ローズ(薔薇)という名前を持つ女が、百合の咲き乱れる泉に倒れている状況が何より奇妙な印象を与える(ように書いている、強調されていると思う)。
そしてその問題の屋敷(Goodfield、この名前!)を支配しているのはオリーブという名前の老未亡人であることもなにかしら意味がありそうに思える。
これより先、この作品のトリックを書きます。注意してください。僕はレビューにおいて基本的にネタバレは書かないのですが、この作品はかなり独特のトリックを扱っていることと、また読解に一部自信のないところがあって、もし誤っているところがあれば指摘していただきたいと思い書いてみた次第です。
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
単純な解答は、オリーブ・グッドフィールドがローズの代わりに死んだということである。ミラーの文章はかなり叙述に工夫がしてあり、「老婦人」という代名詞を多用して、「ローズ」または「オリーブ」という断定的な名前を避けている。決してアンフェアではない。
探偵役が二人いて(フランクとグリアー警部)、フランクはオリーブを知らない、グリアーは「オリーブとしてのローズ」しか知らないということも、
二人は同一人物に会っているにもかかわらず、別々の女性が存在しているような印象を「読者」に与える。これがミラーが放った巧妙な叙述トリックであろう。
しかしこれは、クリスチアナ・ブランドのある作品にあるような本格推理小説によくあるトリックでしかない。ミラーのこの作品で一種異様な印象を与えるのは、ここにサイコ的な解釈が絡んでくるからだ。しかもかなり幻想的な雰囲気さえ感じる。
オリーブ・グッドフィールドは自分と似たような姿形の老婦人を探してカリフォルニアを転々としていた。何故か。それは彼女は病気でもう先が長くなく、自分の死んだ後も自分の代わりにオリーブとして生きてくれる自分のダミーを必要としていたのだ。それは、彼女が死んだら、彼女の子供たちはとうてい自活できないという思いに捕らわれていたからだ。
オリーブはローズを見つけ、彼女に白羽の矢を立てる。オリーブはローズを自分にしたてようとローズに対し様々な「訓練」を行う。
自分はローズになる。ローズは私になる。しかしそれが破局を導くことになる。
ローズは死ななければならない、ローズは私として死ななければならない。もし私が彼女として死ぬならば、彼女は私として死ななければならない。そして「オリーブ」は
「殺人」を思いつく……。
「私たちって、まるで双子みたいね」
「鏡をごらんなさい」「何が見える?」
「二人の恐ろしい年老いた女が見えるわ」
−−−− 一人が消える −−−−−
「鏡は私めがけて飛び掛かってきた、まるで待ち伏せしていた獣のように」(
its mirror sprang back at me like a beast out of ambush.
当然『狙った獣』を思い出す!)
”私は目を逸らすことができなかった。恐ろしい年老いた女が私を狙っていた”
”気がつくと私はベッドに寝ていた”
”私の身体は鳥のように軽かった”
”解決しないものはなにもなかった、込み入った数式などはなかった、難しすぎる問題はなにもなかった”
実は、この「殺人」(それとも自殺、事故)の部分が良く読み取れなかった。鏡に映ったのは「殺人者」オリーブの顔なのか、それとも「被害者」ローズの顔なのか、彼女たちはそれぞれ、どちらの立場でどちらを見ていたのか……。
この作品は「オリーブ・グッドフィールド」がシナリオを書いて「ローズ・フレンチ」が演じた不思議なドラマではないか、と思う。