ポピー・Z・ブライト/Poppy Z. Brite
彼の口はニガヨモギの味がする(ミステリマガジン1994/8)
カルカッタ──生命の主(ミステリマガジン1995/8)
ニューヨークの歩き方(ミステリマガジン1999/8)
柿沼瑛子 訳
待望の問題作『絢爛たる屍』(文春文庫)が邦訳メニューに加わったので、それを食す前にアペリティフとして短編を。
『彼の口はニガヨモギの味がする』(His Mouth Will Taste of Wormwood)は、二人の大学生が、ドラッグやセックスでは満たされない欲望を悪魔的儀式/黒ミサ/ヴードゥー教に向け、そして……というもの。まずはこれでブライトの「味/テイスト」がわかる。二人の青年──同性愛的な関係、パンク・ロック、呪術的儀式、死体(屍)への嗜好、生と死の表裏一体、そして緻密で美しい文章。ホラーとしても申し分なく、彼女独特の得難い雰囲気を醸し出している。
『カルカッタ──生命の主』(Calcutta, Lord of Nerves)はラテン・アメリカの幻想小説のような腐臭と熱気を帯びた作品で、ブライトの想像力が炸裂する傑作。過去の因縁(血縁)がラストで見事な円環を形成する。ダン・シモンズも絶賛したという。
ストーリーはカルカッタという生者と死者(ゾンビ)がひしめき合っている猥雑な土地で主人公の少年が謎めいた女神に遭遇する。エキゾチックなスパイスが舌をジリジリと刺激するが、巧妙なのは、カルカッタという街自体が女性器/子宮のイメージに擬られており、それが「テーマ」とまさに歯車が噛み合うように結びつくことだ。
そしてカルカッタは世界の割れ目なのだと。世界が足を開いてしゃがむと、カルカッタはそこに露になってみえる湿った性器で、甘美であると同時に醜悪な、さまざまな匂でかぐわしく濡れているのだと。それはもっとも淫靡な快楽の源であり、思いつく限りのあらゆる病の発生の地でもあった。
p.140
またこの作品では、ゾンビの「生者を食らう」シーンがかなり生々しくグロテスクな描写になっているが、作者は嬉々としてやっているみたいだ。
『ニューヨークの歩き方』(How to Get Ahead in New York)はスーパーナチュラルな要素はなく、田舎からニューヨークに出てきた二人の青年が、次々と奇妙な体験をするというもの。そうはいっても、二人がホームレスの大群に襲われるところは、まるでゾンビに襲われているようであるし(ジョージ・A・ロ
メオが言及される)、生首のホルムアルデヒト漬けなんていう悪趣味なヌーヴェル・クイジーンもサーブされ、ゾクゾクするような刺激に不足はない。しかし後味は決して悪くない。ちょっとした──ラブクラフト風味の──青春小説のようでもある。
二人の青年──スティーヴとゴーストは、長編『ロスト・ソウルズ』(角川ホラー文庫)にも登場する。
[ポピー・Z・ブライトのオフィシャルサイト]
http://www.poppyzbrite.com/