シモーヌ・ヴェーユ
その劇的生涯
Simone Weil
クロード・ダルヴィ他 著、稲葉延子 編訳
春秋社
それまでは、私は戦時下の子ども特有の高揚さをもちあわせた、愛国者でした。しかしその時期(その後数年も)、いたるところでとても嫌なやり方で溢れていた、負かした敵を辱めようという人びとの意思が、私の素朴な愛国主義を決定的に消し去りました。自国が加えた屈辱は、耐え忍ぶ屈辱より苦痛なものです。
p.45-46
この本は、シモーヌ・ヴェイユの生涯を女優クロード・ダルヴィが舞台化した戯曲をメインに、シモーヌの兄アンドレ・ヴェイユと吉本隆明のインタビュー、ヴェイユに関する同時代評が収録されている。戯曲は吉本隆明がインタビューで述べているように、シモーヌ・ヴェイユの思想を独自な方法でダイジェストしたもので、1909年から1943年まで生きたこの稀有な女性の生涯とその考えを知るにはうってつけの入門になるかもしれない。
言うまでもなく、僕がシモーヌ・ヴェイユに関心を持つようになったのは、笠井潔の傑作推理小説『サマー・アポカリプス』(創元推理文庫)を読んだからで、数ある矢吹駆シリーズの中でも、その壮絶な最後を遂げた「シモーヌ」には忘れ難い思いが宿っている。
このダルヴィの戯曲でもそうであるが、ヴェイユの人生はまさに小説のような壮絶な場面に満たされている。優秀な成績(同窓のボーヴォワールを畏怖させた)で大学を卒業し哲学教員になるも、労働者との連帯のため「身をもって」工場で働き、さらにスペイン戦争をも体験する。まさに行動の人であり、ぬくぬくと机上の理論(政治)に明け暮れるアカデミシャンとは違う。そしてユダヤ人でありながら、キリスト教の神に「ひざまづき」、頭痛に悩ませられながらも自由フランスのために働き(前線に義勇看護婦を送る計画を申し出る)、最後にはほとんど自殺のような餓死に至る。
スーザン・ソンタグが言うように……真摯さをわれわれが愛するかぎり、われわれはこのような生涯によってこころを動かされ、こころが養われる……ような気がする。それほど、ヴェイユの他者に対する「痛み」は激烈だ、
この世では、屈辱の最終段階に陥った人びとだけが、つまり、物乞いどころではなく社会的配慮も受けられず、人間のもっとも基本的な尊厳を奪われていると万人に見なされている人びとだけが、真理を語る可能性を持っています。他の人たちはみな、嘘をついているのです。悲劇の極地は、道化たちは大学教授の資格も、司教の冠も持っていないので、彼らの言葉にいくつかでも注意を払わねばならないとは誰も予期せず、──人はみな、前もってむしろ反対のことを確信しているのです。
p.70
この「道化」という言葉を使って、屈辱に喘いでいる人々の「真理」を汲み上げる彼女の思考は真に迫っている。それは相手の立場、状況を想像するだけではなく、彼女は実際に工場労働者にもなるなど、「身をもって」相手の気持ちを理解しようとしているからだ。
一方、一部のフェミニストは同性愛者を差別する発言を平然と行い、「やおい」という同性愛者を屈辱に貶めるポルノグラフィーを賛美している。そしてその「やおい」は、高城響が朝日新聞社の本に書いた「やおいに群がる少女たち」という「やおい」論でも明かなように、ゲイ男性を侮蔑する「言説」で溢れている。その趣旨は、「やおい」を正統化させるために、同性愛者だけを異常者扱いにして、「やおい」は健全であると喧伝しているものだ。
他者を異常者扱いし、差別することが「健全」なのであろうか。
それが「やおい」関係者の「論理」であり「倫理」なのであろうか。
こういう人たちは、シモーヌ・ヴェイユが記した「道化の真理」、そして彼女が感じる「痛み」などは、一笑に伏すのであろう。
私の「知性」にたいする賞賛は、「彼女は真実を語っているのか、どうか」という問いを回避しようとする目的があります。私の「知性」にたいする評判は、この道化たちに「道化(フール)」というレッテルを貼るのと実際、同じものです。どんなに彼らのレッテルのほうを私は好んだことでしょう。
p.71
芸術哲学入門
Jean Lacoste, La philosphie de l'art
ジャン・ラコスト 著、阿部成樹 訳
白水社 文庫クセジュ
いずれにせよ、ディオニュソス的経験は、カント的な美的判断の概念、そしてそれが持つ個人主義の概念のかなたへとニーチェを導くように思われる。まこと個人は、芸術の敵対者なのである。個人は芸術家である限り、その個人としての自我から解放されている。ディオニュソス的芸術家(音楽家)は、みずからを意思の鏡となし、アポロン的芸術家は、意思が仮象のなかにみずからを解き放つための媒介者となる。ここから、本質をついた格言が生まれる。いわく「現存在と世界は美的現象としてのみ永遠に是認せられている」
p.103
スーザン・ソンタグが『反解釈』で示した態度──芸術を「飼い慣らす」こと、すなわち「解釈」をすることを放棄し、官能美学に訴えること──が芸術に対するラディカルな態度であるならば、この本で述べられていることは、それではこれまで──主に哲学者が──芸術をどのように「飼い慣らし」「解釈」を施してきたのか、というコンサバティヴな態度を論じたものと言えるだろう。
なぜ、哲学者は芸術を解釈し、言葉を弄してきたのか。それは芸術に対する「不信」があったからに他ならない。その不信を解消するために彼らは思索をめぐらした。この本はそういった芸術に対する様々な思索をコンパクトに紹介する。
プラトンからスタートするのは、プラトンが芸術論の先駆であるだけでなく、芸術に対する不信と非難を最初に明快に示したからだ。
そういった意味でもこの本は「入門書」であるのだが、この手の本にありがちな「わかった気にさせ」とりあえず「満足」あるいは「安心」させるだけで済ませるようなものではない。意外に歯ごたえがあったし、何より、安心させるどころか、もっと本を読まなくては、という「焦り」さえ感じさせるものであった。入門書としては、こういった類のもののほうが本当は理想的なのではないだろうか。
また、この本の特徴としては、最初のプラトン、最後のメルロ・ポンティ以外は、カント、ヘーゲル、ニーチェ、ハイデカーとドイツの哲学者が議論の中核を占めることにある。著者はフランス人であるが、ここでは、フーコーもデリダもドゥルーズもラカンも一切言及されない。フランスのねっとりと腐ったチーズ(カミーユ・パーリア)のニオイにわざわざ付き合う必要はないのだ。このことは最近読んだ文化芸術論にしては、なかなか新鮮な感じがする。
まあ、初版が1981年ということもあるが、多分フランス人であるがためにフランス思想にそれほど義理立する(色目を使う)必要もなく、そしてそれこそがある意味フランス人の特権なのかもしれない。
プラトンの呪縛
佐々木毅 著
講談社学術文庫
「プラトンはファシストだった!?」という挑発的なプロローグから始まり、第2次世界大戦前後に起こったプラトンをめぐる数々の熱い論戦を通して、当時、そして現代の政治的及び哲学的実情を鋭く抉っていく。
ここで紹介される論争はなかなか白熱しており、まさに「思想対決」と呼ぶに相応しい。神棚に品良く鎮座した「プラトン思想」を、喧喧諤諤たる俗(政治)の世界に引きずり出し、「はしたなく」、嬲り倒そうとする。エキサイティングな舌戦が繰り広げられ、最高に面白かった。今年(2002年)読んだノンフィクションのベストとしたい。
全体は大きく三部に分かれる。まずはドイツにおけるプラトン受容について。こちらはプラトン賛美(一方的な搾取)になる。
ナチズム思想を準備したとも言えるゲオルゲ派のロマン的、エロス重視のプラトン解釈。そして強引に我田引水し、ヒトラー&ナチズムの後光と成り下がった第3帝国下でのプラトン像。
耽美が身上のゲオルゲ一派の主張は、まあ『饗宴』などがあるのでわからないこともないが、ナチス体制下での有象無象の学者(ローゼンベルクやハイデガーも含まれる)によるナチズム(&ヒトラー)とプラトンの理想国家を結びつけるのはいただけない。とは言うものの、しかしそれが決して荒唐無稽な「読み」とは断言できないところにプラトン思想の危険な香りを感じ取ることができる。この著書の中心課題である『ポリテイア(国家)』には明かに「民主制」への批判があるからだ。
一方米英を中心にしたアンチ・プラトン派。プラトンは民主主義を否定し、全体主義(独裁)を奨励したというのがその主な理由だ。と言ってもまずはバカの見本とも言うべきワーナー・ファイトのプラトン批判。彼はプラトンの思想を「女性的」であり「子供っぽく」「異教的」であるとする。
なんのことはない、プラトンを貶めるために、ただの「テクスチュアル・ハラスメント」をしているだけだ(ファイトはプラトンの「親スパルタ的体質」、つまり軍隊的であることだけでなく、同性愛の優越をなんとしても攻撃したいようだ)。だいたい、オスカー・ワイルドやアラン・チューリングを逮捕したイギリスを民主的国家の代表とすること自体が間違っている。それこそアテネの「民主制」がソクラテスを処刑したことと同じであり、そのことに失望したためにプラトンは「程度の低い民主制」を非難したのではないか。
しかしながら次のクロスマンによる議論はまったく面白かった。ここでクロスマンはプラトン(ソクラテスではない)が登場する「架空対話篇」を作成する。もともとはBBCで放送されたものだったらしく、堅苦しい論文とは違い、実にエンターテイメントしている。ノリは池田晶子の『帰ってきたソクラテス』に近いかもしれない。プラトンがナチス党大会に参加したり、ソヴィエトを訪問したり、共産主義者、ファシスト、イギリス教育関係者なんかと対話をするという設定なのだ。これが実にイギリスらしいというか、スウィストやイヴリン・ウォーを思わす皮肉と諧謔に溢れている。
ここで興味深いのは、フェミニズムに関する(クロスマンの作品に登場する)プラトンの考え。その際前提となるのは、プラトンが男女関係において、異性関係を同性愛のレベル(平等者間の本当の愛)にまで上昇させることを主張していたこと。クロスマンの指摘によると、プラトンは、家族というものが女性の従属的地位の元凶であると見抜いていた。そこから両性の平等を主張しておきながら、結婚(ロマンス)と家族という制度に固執するのは最悪の組み合わせであるとプラトンは明快に判断する。性的問題についての強迫観念は、このような「無理な組み合わせ」に原因があると看破するのだ。
「現代の生活の不安定性と不幸は、プラトンの見解では、主として暇なインテリたちの無責任な態度に起因している。彼らはその理性を、変化する世界が求める新しい自己規律を発見するという建設的な仕事に向けず、自分たちが無視する制度の社会的有用性を馬鹿にするのに用いている」
p.214
クロスマンは「暇なインテリ(学者)」による中途半端な態度を厳しく糾弾する。それはクロスマンが学者というよりも活動的な労働党のメンバーであったからだ。彼は良くも悪くもなかなかラディカルなプラトンの「読み」をしていると思う。
このクロスマンの面白おかしい議論の後、ポパーによる鬱陶しい「強弁」でプラトン批判を締めくくる。
そして第三部において、もっと分析に優れた「読み」の深い学者──例えばハンナ・アレントら──によって多元的なプラトンが紹介され、そこでまたプラトン思想の素晴らしさを改めて再認識させられる。こうして警告者としてのプラトンが現代に甦る、というものだ。
ナチ占領下のパリ
長谷川公昭 著
草思社
頭を丸坊主にされた女性が、人々に小突かれ罵られながら町を出ていく写真。たしか高校の歴史参考書に載っていたものだが、それは今でも忘れることのできないショッキングなものだった。
なぜ彼女がそんな仕打ちを受けたのかというと、第二次世界大戦中、ドイツによるフランス占領下において、彼女は対独協力フランス人──多分ドイツ将校の愛人──であり、ドイツ敗戦後、フランス市民によって「報復」されたからだ。
その後、ルイ・マル監督による映画『ルシアンの青春』や国書刊行会から出版されたドリュ・ラ・ロシェルら対独協力作家たちの作品に触れて、「対独協力」ということに関心を持った。
この『ナチ占領下のパリ』もそういった時期に読み、フランス=戦勝国=反ナチ・レジスタンス=正義という「幻想」が木っ端微塵に砕かれた。
今回再読してみて、やはり一方的な「歴史神話」を鵜呑みにできないこと、そして、これはもう喜劇的としか言いようがない人間の弱さを改めて実感した。
著者はこの本をドキュメンタリー・タッチで進めていく。ドイツとフランス(&イギリス)は交戦状態にあったが、フランス軍の戦意のなさ、マジノ線への過信がドイツによる中立国ベルギーを踏み台にしての攻めに対処できず、1940年にフランスはドイツに降伏する。
(後で述べられることだが、この時点で既にフレデリック・マルタンというマジノ線作成を請け負った土建業者が、ドイツにマジノ線に関する秘密文書を売り渡していた。さらにマルタンは占領下のパリで反独分子を取り締まる秘密機関、通称「オットー事務所」の手先となってドイツのために活動する)
こうしてパリはドイツに明け渡されるのだが、注目すべきはフランスに送りこまれたドイツ指導者は徹底して有能で、ある意味「文化的」な人物ばかりであった。駐仏大使オットー・アベッツ、参事官エルンスト・アーヘンバッハはともにフランス通の文化人。また親衛隊保安部指揮官ヘルムート・クノッヘンは当時30歳の哲学博士。
そうした中、パリに入城するドイツ軍の(一見)凛々しくも紳士的な態度にパリ市民は驚きを禁じえなかった。彼らは勇壮で美しく礼儀正しい。市民は安堵に胸を撫で下ろし、畏敬の念さえ抱いたそうだ。ここに、ナチスの狡猾なイメージ戦略が感じ取れるかもしれない。
一方フランス側と言えば、貧すれば鈍するという言葉がぴったりの体たらくであった。前述のドリュ・ラ・ロシェルやジャン・コクトー、セリーヌ、ジロドゥと言った作家、それに俳優、歌手ら文化人はドイツ大使館主催のドイツ協会へ入り浸り、モード界の大御所ココ・シャネルにしてもドイツ人将校と同棲していた。実業家も例外ではなく、ルノー自動車の社主ルイ・ルノー(戦後、対独協力者として起訴され、獄中で死亡)を始め多くのフランス企業がドイツに取り入っていた。またカトリック神父であるマヨール・ド・リュペのエピソードには驚くばかりだ。
そしてこういったエスタブリッシュメント以外でもドイツ協力者は大勢いた。フランスのファシスト、ユジェーヌ・ドロンクル、ジャック・ドリオ、マルセル・デアら「有名人」と、そこに加わる有象無象の人物たち。老いも若きも男も女も対独協力者として働き、甘い汁を吸い、居丈高に振舞っていた。
しかもだ、こういった対独協力フランス人によるユダヤ人や対独抵抗フランス人への迫害は、占領ドイツ人以上に熾烈を極めていた。ゲシュタポの手足となり実際に残虐な拷問を加えたのはフランス人であったし、さらに彼らは、より残虐な拷問方法をゲシュタポに考案し進言までしていたそうだ。
そして独ソ戦、アメリカの参戦によりドイツの敗戦が間近になると、曲がりなりにもあったドイツ人による「秩序」が崩壊し、フランス人同士による協力者、抵抗者間のスパイ合戦がエスカレートし、まさに血で血を洗う陰惨な暴力行為が頻繁に勃発する。無秩序で正義もなにもあったものではない。「無法者の天国」、それがこの時期のパリだ。
著者はこういったことをサラリと描いているが、同胞による同胞への裏切りや残虐行為はやはり読むのが辛いところもある。無論、こういったことは外国人が思う以上にフランス人にとって癒し難い「傷」であることは想像に難くない。
これは思いつきに過ぎないが、戦後、フランスにフィルム・ノワールや暗黒小説(ノワール)が流行したのも、そういった「傷」のためではないのだろうか。
ヘルメスの音楽
浅田彰 著
ちくま学芸文庫
『ヘルメスの音楽』については、酩酊状態で書きたいと思っていた。そうでないと正直に、そして率直な文章でもって書けないと思っていたからだ。しかし酩酊状態では、物理的に、書くのはムリであった。
今(1月3日、正月だ)、二日酔いで体調が悪い。ただ、コーヒーがぶ飲みして、アセトアルデヒドを出来るだけ排出した。バファリン飲んで頭痛を押さえた。シャワーを浴びてザーメン臭い体を洗った。奇妙にハイな気分。OKだ。
『ヘルメスの音楽』は最高の散文だと思っている。ただ、ただ凄い。アドルノの名言「アウシュヴィッツ以降、詩を書くことは野蛮だ」よりも浅田の「それは<たまもの>で始まる」の方がずっとインパクトがあった。
最初この本を読んだとき──そして現在も──現代思想のセンスのない僕は、この文章をまるで詩のように読んだ(読んでいる)。暗澹たるツェランではなくて、軽やかでエロティックなカミングスのように。デリダやドゥルーズと言った意味ある固有名詞は、カミングスの詩に出てくる愛らしい名前、エディやビルと変わりがない。
とくに「無声で呟かれる<死>」。このブーレーズについて書かれたテクストには最高に酔わされた。この眩さ! この煌き! そしてエクスタシー。ブーレーズの作品『プリ・スロン・プリ』が色褪せて聞こえてしまう──しかし代わりに『レポン』では目が眩んだが。
白状するならば、この「無声で呟かれる<死>」を書き写したことがある。この文章を暗記したかったからだ。こんなことをしたのは、他には、ウィリアム・ブレイクの "The Tyger" だけだ。
What immortal hadn or eye / Dare frame thy fearful symmetry?
そしてまたしても白状するならば、この浅田彰の文章を書き写しながら、不埒なアナロジーが思い浮かんだ。
それはここに出てくる「散種」という言葉/専門用語の意味がわからなくて、いろいろと考えていたのが発端だ。……「強烈な一撃」「炸裂する一撃」「襞」「膣状陥没点」「炸裂」「飛沫」「背後に退いて迷宮の<主>となり」……。
そのアナロジーはアナル・セックスのアナロジー。
<たまもの>の一撃から展開されたあらゆる爆発的な戯れは、いま不動
の<死>のうちに収斂する。
「無声で呟かれる<死>」 p.123
二日酔いはディオニュソス的酩酊ともアポロン的覚醒とも違う、妙な状態だ。