Gay Passage

中井英夫 『影の狩人』
その夜、青年のベッドに寄り添ったのは黒猫ではなく、初めから美しい悪魔だった。青年は酔いに火照った体をもてあましていたが、悪魔は天鵞絨に似た冷ややかな肌でそれを鎮めた。肉体はいっそうしなやかに弾みがあった。青年は自分が燔祭の羔に選ばれたことを知ったが、それは明らかに恍惚感を伴ったものだった。あるいは『青頭巾』の僧と美童のように、貪り喰われることの快美感を期待しながら、青年は眠りに落ちた。
青年はひたすら夜を待った。夜になれば親しい友人のような顔をして”彼”が訪れてくれるからだ
夜に落ち合う「彼」と「青年」。出会いは夜でなければならない、それは……。

「さかしま」の話をする「彼」と、その話に魅了される「青年」。「彼」は物事の「影の部分」を嗜好する。「青年」はそんな「影の世界」へ導かれる。そしてついに、二人の「儀式」は始められた、夜に。夜でなければならない、それは……。
その夜、彼は腕の中に黒猫を抱いて青年の部屋に現われたが、黒猫は床に降ろされると、たちまち走り去って消え失せた。
「君の頸筋に触らせて欲しいんだ」
 彼はさすがに顔を引き緊めてその頼み事をした。
「頸筋ですか、咽喉じゃなくて?」
「ああ」
「いいですよ。だけどその前に教えて下さい。どうしてこんな手間のかかることをしたのか」
 青年は幾枚かの紙片を出した。そこには美しいペン字で、そもそもの初めから彼の喋った事柄が順に書きつけられていた。  悪魔・血の供犠・失われた大陸・夭折・麻薬・自白剤・植物毒・変光星・洞窟絵画・暗号・馬の首星雲……
そう、「彼」は「吸血鬼」だったのだ。アン・ライスの『ヴァンパイア・クロニクル』を思わせる青年を欲する吸血鬼。
しかし、美しく華麗な言語を駆使し、巧緻に綴られる幻想的な物語は、『虚無への供物』に通ずる中井英夫の世界そのままだ。
アクロバティックな論理操作と魔術的な言葉感覚に、目が、眩む。


中井英夫 「影の狩人」(中井英夫全集[3] 『とらんぷ譚』、創元ライブラリ所収)


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