W.H.AUDEN
オーデン ”12の歌”より
T
「パスポートがなければ、公式には死亡者だ」
ふたりは生きている、そうだ、まだ生きている。
ヨーロッパに叫ぶヒトラーの声、「彼等を殺せ。」
ふたりのことを考えていたのだ、そうだ、考えていたのだ
雪の降る大きな平原に立った。
一万の兵隊が右往左往していた、君と僕を探索しながら、そうだ、君と僕を探索しながら。
U
運転手さん、スピードをだして飛ばしてよ、
ギラギラするスプリングフィールド線を
彼に会いたくなって私はゆくのです、
日光浴のできるオープン・カーの老銀行員には
シガー以外には恋人はいないのです。
私が法王様や国の元首だったら、
お化粧を先にして、人々には待つように命じます。
なぜなら、恋はもっと大切で、有力者です、
お坊さんや政治家と較べてみても。
X
犬 独身者は半端な生活者です、
人間なら心で、猟犬なら鼻で生きている。
ぼくの深い博愛が彼には必要だし、
彼のなかには広い猟場があると思う。
猫 類は類を呼ぶし、旅は道連れです、
同情が根っこなら、咲く花は愛。
孤独な時間の共通した情熱を
彼も私たちもたがいに感じ、認め合います。
Z
昔なら波止場へ行っただろう。
いまは脱出するだけの時間がない。
君もぼくも昔はしばしば
禁止事項をあえて冒した。
]U
性戦争が祖母たちの皆殺しで終わった時、
その下に独身者の赤ん坊が窒息しかけていた。
誰かがその子をジョージと名付けて事は解決した。
人々は軍隊へその子を引張って連れてきた。
「時代おくれのデビューをしたジョージよ、
どんなぐあいに軍隊へやって来た?」
「男色好きなジョージよ、
どんなぐあいに軍隊へやって来た?」
「信用されない男のジョージよ、
どんなぐあいに軍隊へやって来た?」
「皇帝気取りのジョージよ、
どんなぐあいに軍隊へやって来た?」
名誉と平和条約が結ばれて彼は仕事に精を出す。
だが、やや、怠惰がやってくる、制服のボタンをかけながら。
罪なき者たちの皆殺しにやっと間に合った。
そこで軍隊へ泊まりに帰ってきた。
「なつかしい闘牛師のジョージよ、
ようこそ軍隊へ帰ってきた」
W・H・オーデン『12の歌』
W.H.AUDEN (1907 - 1973) / Tweleve Songs
(工藤昭雄他訳、筑摩書房 筑摩世界文学体系71所収)