Gay Passage

フィリップ・リドリー 『野蛮なる連続性』

おふくろが、友だちは大勢できたかと訊ねると、兄貴は「ああ、二、三人ね」とこたえた。だが、そのときおふくろが訊きたかったのは、ガールフレンドはできたかということだった。
「そりゃ、女の友だちも少しはいるよ」とクライブは言った。
「あたしが訊いているのはそういうことじゃないの、おまえもわかってるくせに」とおふくろは言った。 「彼女はいるのかってことよ」
「ううん」とクライブはこたえた。「そういう人はいないよ」
「でもクライブ」とおふくろは言った。「おまえはもう十九だよ」
「うん」とクライブは言った。「来年は二十歳だ。でも、彼女はまだいない」
「でも、おまえの弟なんかもう彼女ができたのよ。まだ一六だっていうのに」
ペット・ショップ・ボーイズの「ウエスト・エンド・ガールズ」を聴いたとき、ああそういえばイギリスにはまだ階級が残っているんだな、と思った。見るテレビや読む新聞、本が違ければ、服装も違う。考え方やライフスタイルも当然違う。何より話言葉が違うのだから。

このフィリップ・リドリーの短編集は、裕福な人たちが住んでいる「ウエスト・エンド」ではなくて、それと対極にある労働者階級の多く住む「イースト・エンド」を舞台にした、ユーモア溢れる人間模様を扱っている。

『野蛮なる連続性』は、ある兄弟の物語。子供の頃から頭が良くてハンサムな兄。何をやっても失敗ばかりの弟。兄は大学を出てスマートでリッチな生活を、弟は若くして「できちゃった結婚」の末、失業、そしてうるさい妻と子供がいる(このエピソード、ワム!のデビュー・アルバム「バッド・ボーイズ」にもあった気がする)。
しかしこの兄弟はとても仲が良い。二人の間に「秘密」はない。語り手は兄思いの弟である。
「彼は英文学を勉強してるんだ」とクライブは言った。「彼ほど頭のいい人間は、ほかに知らないよ」クライブが他人のことをさして頭がいいなんて言うのを、おれは初めて聞いた。兄貴がそのトルーマンて男とデキているという事実よりも、あの頭のいい兄貴が他人の知性に敬服しているということの方がおれには驚きだった。おれは思わず苦笑した。
「おふくろや親父には内緒にしててくれよ。まだ言わないでほしいんだ。ふたりとも心の準備ができてないはずだから」とクライブは言った。
弟は、母親からも、息子の教師からも、兄貴と比較され惨めな思いをしてきた(爆笑ものというか、意地悪なエピソードが連続する)。でも、兄貴はいいやつだし、それにゲイだから……「おれには逆立ちしてもできない話」をすることができても、兄貴には、「子供がいるおれのような人生を逆立ちしても」送れない。世の中はうまくできている。僕たちは不足だらけで、だからスクリッティ・ポリッティの「パーフェクト・ウェイ」に憧れる。

しかし、兄と弟は仲が良くても、弟(おれ)の女房のキャロルは兄貴を嫌っている。いや、兄貴だけではなく、兄貴の仲間たちを全員を嫌っているのだ。まるでフランキー・ゴーズ・トゥー・ハリウッドの「トゥー・トライブズ」のように。
「あんなやつ監禁しとくべきよ。いやね、オカマなんて。あんた、オカマがどんなことをするかって知ってる? 相手をアブミで吊るしあげて、ケツの穴に拳を突っ込むのよ。(中略)ああ、気持ち悪い。ああいう連中にとってエイズはいい罰よ。オカマがみんな死んじゃったって、あたいは涙なんか流さない。ひとり残らず死んだって、絶対に流さないわ」
「あんたもオカマ?」ひとりの少年が言った。「あいつにケツを掘られるんだろう? それとも掘るほう? もうエイズになってんの? この団地にはエイズにかかったオカマがいたんだせ」
「ほんとうに?」トルーマンが訊いた。
「ああ、そうだよ。あのネエちゃんが──」キャロルを指さす。「──そいつのことを話してくれたんだ。だから、おれたちがそいつをおっぽりだしたんだ」
(中略)
「部屋に火をつけてやったんだ。もうちょっとで死ぬところだったぜ。オカマにはそういうふうにしてやるのさ。おれたちはオカマが大嫌いなんだ」
これほど「オカマ」という日本語がぴったりくる訳はないだろう。「ホモ」や「オカマ」という言葉はこういうときに使うのだ。「ゲイ」や「ホモセクシャル」では、こういった迫力は決してでない。
言葉はその人の思想や行動を端的に表している。「ヘイト・クライム」(憎悪による犯罪)は、差別語や侮蔑語がある限り、絶対に発生する。人種蔑視がある限り、民族蔑視があるかぎり、女性蔑視があるかぎり、ヘイト・クライムは発生する。"Do you really want to hurt me?" by Culture Club

そしてこのエイズのエピソードは、ストーリーのエンディングに繋がる。
そして、兄貴は自分がエイズにかかっているということをおれに打ち明けた。それがわかってから一年以上になるとのことだった。兄貴の口ぶりはとても穏やかだった。
「なんだか競争のようになっちゃたよ」と兄貴は言った。「ぼくとおふくろのうち、どっちが先に死ぬかっていう競争だ。でも、ぼくはおふくろを残して先に死にたくない。でも、考えてみれば恐ろしいことだよな、自分の母親が先に死んでくれることを願うなんて。世の中には、たしかに人を化け物に変えてしまうものがあるんだ。ぼくの言っていることがわかるかい?」
まさに兄弟愛を確認するような場面。映画『ガダカ』の一場面を思い出させる。弟は幼いころの自分たちを回想する。おれは六つで、兄貴は九つだ。あのときも、二人は秘密を分かち合った。
「じゃあ、絶対に母さんには言わないでおこう」
「ああ、言わないよ」と兄貴。「ぼくたちだけの秘密だ」
おれはクライブを見つめる。兄貴の髪の毛に砂がついている。その目はキラキラと輝いている。おれは兄貴を愛している。本当に愛している。でも、それはまた別の話だ。



フィリップ・リドリー 『野蛮なる連続性』
Philip Ridley / The Barbaric Continuity (from Flamingoes in Orbit, 1990)
(福田廣司訳、早川書房『恍惚のフラミンゴ』所収)


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