マルセル・プルースト 『失われた時を求めて』 Marcel Proust "A la recherche temps perdu" | |
井上究一郎訳
ちくま文庫 |
いつかは読み(通し)たい、と思いながらも、なかなか「読めない」20世紀を代表する超傑作小説。いちおう
『スワン家のほうへ』と『ソドムとゴモラ』だけは読んだけれど、かなりの苦労と時間を要した……やはり長いなあ。 もちろん徹底して磨かれた文章は素晴らしく、想起されるイメージの連鎖は鮮烈で比類がなく、様々な示唆に富み、テクストを読むという「悦楽」を確実に与えてくれる。 また登場人物のキャラクター、特にゲイであるシャルリュス男爵の人物造形は最高に強烈で(植物に喩える比喩!)、古今の文学作品の中でもゆうにチャンピオン・クラスに入る怪異さを放っているだろう。 なぜならジュピアンは、グレーの髪の下で脂ぎって充血している男爵の顔を、自尊心が深く満足させられた人間のいかにも幸福におぼれたようすで、しげしげとながめ、シャルリュス氏のたのみごとをかなえてやる決心をして、たとえば、「あなたのおケツはでっかいなあ!」といった下品な指摘に類する言葉をならべたあとで、感動した、自分がまさったような、感謝をこめた、にこにこした顔で、こう男爵にいったからだ、「うん、よしよし、大きな坊や!」 |
オスカー・ワイルド他 『ゲイ短編小説集』 | |
大橋洋一監訳
平凡社ライブラリー |
オスカー・ワイルド『W・H氏の肖像』『幸福な王子』、ヘンリー・ジェイムズ『密林の獣』、サキ(H.H.マンロー)『ゲイブリエル・アーネスト』、D.H.ロレンス『プロシア兵士』、シャーウッド・アンダソン『手』、E.M.フォスター『永遠の生命』、サマセット・モーム『ルイーズ』『まさかの時の友』収録。 英米文学の巨匠作家たちの作品を同性愛という視点で「読み直す」画期的な短編集。 なにより解説が感動的なまでに素晴らしく、「ゲイ・キャノン」(ゲイ文学の正典、Gay Cannon)の樹立と歴史化、「カミング・アウト」と「パッシング」(同性愛者のゲットー化あるいは分離化傾向を嫌い、同性愛者が社会全体に拡散する戦略。つまりゲイではなくストレートとして通用=パスすること)等、必読である。 各作品の「読み」も本質を深く抉り、曖昧な表現でしか描くことが出来なかった男同士の熱い「光景」を露にする。 だが現実には、多くの人びとが同性愛者であることを暴かれ、経歴を職を失い社会的に追放された。そして嘆かわしいことに、この傾向はいまもって終わっていない。同性愛解放はまだ未完のプロジェクトである。同性愛者であることが犯罪でもなく罪でもなく汚名でもないこと、同性愛差別こそ犯罪であることを社会全体に浸透させたとき、そのときはじめて、この短編「手」も失われた時代の犠牲者たちの墓碑銘となるだろう。 |
ジョゼフ・ハンセン 『闇に消える』他 | |
池上冬樹他訳
ハヤカワ・ミステリ |
ゲイの保険調査員デイヴ・ブランドステッターが活躍するハードボイルド・ミステリシリーズ。シリーズ最初の作品『闇に消える』は1970年に出版された(翻訳はシリーズ全作がハヤワカ・ミステリで出ている)。なによりも「ゲイ探偵」を認知させた功績は言葉で言い表せないくらい大きいだろう。 ブランドステッターはたしかにゲイであるが、良くも悪くもゲイ以外の読者にも感情移入し易く設定されており(時代もあるかもしれない)、性描写もずいぶんと大人しく、つまり普通のミステリと変わりない。プロットも緊密でサスペンスフルだ。そして他の私立探偵小説同様、さまざまな社会問題──人種問題からエイズに至るまで──を扱っている。誰かが言ったようにミステリはまさに社会を写す鏡である。 いくつかの作品にはデイヴの恋人、黒人青年セシルが登場し、ちょっと「ラブ・コメ」している。基本的にデイヴはモノガミー主義らしい。 ジョゼフ・ハンセン著作リスト |
『MEN ON MEN 2000』 BEST NEW GAY FICTION FOR THE MILLENNIUM | |
David Bergman, Karl Woelz 編
PLUME |
『MEN ON MEN』はゲイ・フィクションのアンソロジーで、第一号は1986年に出版、以後シリーズ化された。このシリーズの特徴は最新の短編小説を収録しており、そのため、同時代の(アメリカの)ゲイのライフスタイルやファッション、考え方の変化などをこれらの小説を通して幅広く鳥瞰できる。 作家も有名無名含め、様々な視点から様々な問題を提起し、共感と反感を呼び覚ましてくれる──もちろん男同士の愛、セックスが基底にあるのは言うまでもない。これらはまさにゲイカルチャーのモザイクであり万華鏡であり夜空に煌く星座である。 これは2000年度版で、エドマンド・ホワイトを始め、David Vermon, Gim Grimsley, Bruce Morrow, Michael Villane, Kelly McQuain, Alexander Chee, Brian Bouldrey, Bill Gordon, Jim Provenzano, William Lane Clark, Len Ingenito-DeSio, J.G.Hayes, Tom House, Patrick Ryan, Craig T. McWhorter, David Groff, Richard McCann, Jeff Kuhr らの作品が載っている。 エドマンド・ホワイト以外は初めて聞く作家ばかりであるが、それにしても、アメリカにはこれほど多くのゲイ・ライターがいるのかと思うと、感動的でもあり、また羨ましくもある。 そして編集の David Bergmanと Karl Woelz は序文で、ポスト・エイズ後のゲイ男性間の関係性について、これらの小説を引き合いに出し、興味深い解説をしている。 |
Kyle Stone 『THE CITADEL』 | |
BAD BOY
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BAD BOY はゲイ・アダルド・フィクション、つまりポルノ小説を扱っている「ブランド」だ。これらの本を読んで「ヌク」ことができたら、英語力に自身を持ってよいだろう。 この『THE CITADEL』はいわゆるサド・マゾ小説で、 Micah というハンサムな青年が様々な手段で調教され、スレイヴ(奴隷)としての快感に目覚めてゆくという、いわばゲイ版「O嬢の物語」。そして『O嬢の物語』と同様になかなか良く出来た小説/ポルノグラフィーであるようだ。 この本の主人公 Micah は同じ作者の別な作品『The Initiation of PB 500』(SF仕立ての冒険小説風、もちろんエロチカだけど)に登場した人物で、作者の「寵愛」をかなり受けているらしい。 ちょっと英語の勉強がてら訳してみようかな。こんな感じ。 彼( Micah )の膝はキツく曲げられ、性器とケツの穴がこれ見よがしに晒された。去勢された奴隷に見られることは恥ずかしかった。奴は浅黒い手で股間のモノをしごいている──タマがないのがやけに卑猥だ。Micah は恥ずかしさのあまり滑らかな胸が熱く赤らむのを感じた。あの浅黒い顔からは 明確な表情は読み取れない。あの目は彼を嘲っているのだろうか? それとも欲望に深く突き動かされているのだろうか? そのとき肛門にチューブのついた固いモノを押し当てられるのを見て、彼は仰け反った。(中略) |