GAY BOOKS Explore

リチャード・ディーコン著 『ケンブリッジのエリートたち』
Richard Deacon "THE CAMBRIDGE APOSTLES"  ─ 歴史、人物、社会 ─
橋口稔訳
晶文社







ガイ・バージェス
自分の国を裏切るか、自分の友人を裏切るか、どちらかを選ばなければならないとしたら、国を裏切る勇気を持ちたいと思う。
─── E.M.フォスター


映画『アナザー・カントリー』を見る前に、グレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』を読んでいた。ジョン・ル・カレの『ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ』、『スクールボーイ閣下』も読んでいた。これらはフィクションだが、ある人物が国を裏切るとはどういうことなのか、国を裏切ってまで貫き通す信念とは何なのか、そんなことを考えさせてくれるストーリーであった。
だから実在のスパイ、ガイ・バージェスを描いた『アナザー・カントリー』は、よく比較される『モーリス』よりも遥かに気に入っている。
この本はその『アナザー・カントリー』の背景とガイ・バージェスについて知りたくて買ったものだ。

リチャード・ディーコンの『ケンブリッジのエリートたち』はケンブリッジの秘密結社、いわゆる「ケンブリッジ使徒会」についてレポートしている。詩人のテニスン、哲学者ラッセル、ヴィトゲンシュタイン(墺出身)、経済学者ケインズ、文学者リットン・ストレイチー、E.M.フォスター。これらイギリスを代表する知識人たちはケンブリッジ使徒会のメンバーであった(ブルームズベリー・グループとも関係のある人物が多い)。
そして『アナザー・カントリー』のモデルになったガイ・バージェス、王立美術館鑑定官であったアントニー・ブランドもこの使徒会に所属していた。

この1820年に創立されたエリート中のエリートたちの秘密結社は、次第に秘密結社特有の密やかな「信条」が形成されていった。それは大学教会からの独立、徴兵忌避、そしてプラトニック・ラブ、つまり同性愛志向である。これらは当時、どれも極めて重大な反社会的、反国家的な行為である。
ここにバージェスやブラントらの実際のスパイ事件が起る。

この本の筆者リチャード・ディーコンは、ケンブリッジ使徒会がそのスパイ事件の温床であったことを中心に、この歴史ある「秘密結社」を紐解いていく。
よって訳者の後書きにも書いてあるように、筆者のスタンスは、使徒会についてかなり批判的である。バージェス、ブランドを強く攻撃している。使徒会のメンバーとかかわりのあったブルームズベリー・グループを辛辣に評している。

しかし、この本ほど使徒会についての本質を非常に的確に一級の資料でもってまとめた本は(少なくとも邦訳書の中では)見当たらないと思う。ここには使徒会の会員名簿まで付いてある。

確かにこの本では一貫して使徒会と同性愛の関係を率直に語る一方、タブロイド風のスキャンダラスなアウティングも行っている(あのケインズが同性愛者だと知っていたら、マクロ経済学をもっとマジメに勉強したのに…)。使徒会をときに「同性愛のマフィア」と呼ぶなど毒のある表現も見られる。

それでもこのアウティングが単なる中傷よりも、「高級なゴシップ」と読めるのはさずがである。ガイ・バージェスが同性愛の手柄話を自慢していたことや(そういえば『アナザー・カントリー』でもガイ役のルパート・エヴァレットが大胆な行動を諌められるシーンがあったように思う)、ヴィトゲンシュタインが自分のお気に入りの男を奪われそうになったゴシップなど、どこか微笑ましい感じがする。
何よりこの本では「高級なソドミー」という章があるだけでなく、全編にわたって同性愛のゴシップに彩られている。

もっともリチャード・ディーコンは同性愛の擁護者ではないので、ある程度距離を置いて本書を読まないと、彼一流の術中に嵌る可能性がある。ジョンソン博士の主張を引用した下の文章はその一例だろう。

許容度を高めたわれわれの社会は、かつては周辺にあった同性愛を、社会構造の合法的な一部にすることによって、その社会的価値を、知らず知らずのうちに犠牲にしてしまっているのではないでしょうか? われわれの兄弟アナンは、同性愛を罪だとする法律を、人間の自由のために改正しようと、長いこと努力しました。その結果、疑いもなく、より人道的で、受容度の高い社会がつくられました。しかし、それはよりよい社会なのでしょうか? より寛容ではあっても、面白くも愉しくもない社会になるのではないでしょうか。──中略──そしてもし女性までが男性との平等をかち得てしまったら、われわれの文化と社会は、死んだアヒルとなるでありましょう。

R I M B A U D (backpage) /  TOP PAGE

ホックニーが語るホックニー
Pictures by David Hockney, selected and edited by Nikos Stangos  ─ アート、人物 ─
小川昌生訳
PARCO出版




ロサンゼルスに来たとき、まったく一人の知り合いもなかった。ニューヨークの人たちは、知人もなく、運転もできずにあんなところに行くなんて、きみはどうかしているよ、と言ったものだ。西海岸へ行きたいのなら、せめてサンフランシスコにしたまえ、とも言った。だめ、だめ、行きたいのはロサンゼルスなんだよ、と僕は答えた。僕はモーテルというものに入って、とてもぞくぞくした。はじめてのニューヨークとくらべてもはるかに強い”正真正銘”のぞくぞくものだった。僕はすごく興奮させられた。ひとつには、そこがセクシュアルな魅力、セクシュアルな誘惑だったせいだと思う。。
─── P.54 <カルフォルニア>


デヴィッド・ホックニー。明るくて、陽気なエロティシズム溢れる絵を描くイギリス出身の画家。彼はもちろんゲイ。同じイギリス人でやはりゲイでもある画家にはフランシスコ・ベーコンがいるけど、絵を自分の部屋に飾るとしたら断然デヴィッド・ホックニーのほうがいいな。もちろんベーコンの暗いエロティシズムも好きだけどね。

デヴィッド・ホックニーは1937年イギリス中部ブラッドフォードの生まれ。彼の家はあまり裕福ではなかったが、ホックニーは11歳ですでに画家を志望していた。そして16歳で念願のブラッドフォード美術学校に入学、猛勉強をする。1954年にリーズでの展覧会に出展した『私の父の肖像』に初めて買い手がつく。学校を終えた1957年、良心的徴兵拒否者として兵役を逃れ、病院で働く。この間彼は絵の制作よりもプルーストの読書に没頭する。その後、ロンドン・カレッジの絵画科に入学。ここで彼は現代美術、特にピカソに遭遇し、自分の方向性を発見する。
そして渡米。1964年以降はロサンジェルスに住む。現在彼は最も人気のある世界的なアーティストである。
また、1974年にストラヴィンスキーのオペラ『放蕩者のなりゆき(レイクス・プログレス)』の美術を担当、その後も数多くのオペラの舞台美術を手がけ、さらに80年代になると「カメラ・ワークス」と呼ばれる写真による作品も発表している。

この本は、ホックニーの自作について語った文章と豊富な図版からなっていて、ハンディな画集としても楽しめる。有名な「大きな水しぶき」(ホックニーの映画 A Bigger Splash、邦題『彼と彼 とても大きな水しぶき』はここから)や「ニックの家のプールからあがるピーター」「日光浴をする人」「シャワーを浴びようとする青年」「プールの中の二人の男」など、男性ヌードがさわやかに、ごく自然に描かれている。本当に明るく陽気なエロティシズムをめいいっぱい感じさせてくれる。Gay Gay Gay !!!

カルフォルニアの陽光の中でクールに裸体を晒している男たち。モデルたちもクールなら画家の視線もクールだ。そして作品自体も──明るい色で彩色されているにもかからわず──実にクールだ。

ここの気候と、家々の開放性(大きなガラス窓、パチオなど)とは、僕にイタリアを思い出させたので、フラ・アンジェリコとピエロ・デラ・フランチェスカから、ちょっぴり見方を借用した。

P.54 <カルフォルニア>

R I M B A U D (backpage) /  TOP PAGE